(福岡県 S)
免疫チェックポイント阻害薬の免疫関連有害事象(immune-related adverse events:irAE)の中で,神経・筋障害はその診断や管理が特に難しい領域です。血液データや画像検査が診断に役立たない場合もあり,神経学的診察が基本です。神経・筋障害のirAEとして頻度が高いのが,重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)と筋炎です。MGは,神経・筋接合部のアセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)あるいは筋特異的チロシンキナーゼ(muscle-specific tyrosine kinase:MuSK)に対する自己抗体が原因となる臓器特異的な自己免疫疾患です。
市販後調査をもとにした研究で,2014年9月から2016年8月まで,ニボルマブ単独投与されたがん患者9869例の中でMGは12例(0.12%,男性:女性=6例:6例,平均年齢73.5歳)で発症しました1)。他の臓器で起こるirAEと比べて,MGはニボルマブ開始早期に発症しています(初回投与から平均29日後)。全身倦怠感,易疲労感,食欲低下,筋痛などの非特異的な症状に始まり,その後,急速に症状は進行しました。8例は中等症全身型以上の重症,うち6例はクリーゼを呈し,薬剤と関係ない通常のMGと比べ,明らかに重篤でした。
最も特徴的なのは通常のMGでは認めない,血清クレアチンキナーゼ(CK)の上昇です(図1)。血清CKの平均は4799IU/Lと著明な高値を示し,4例で筋炎,3例で心筋炎(うち1例は両者)を合併していました。通常のMGでは筋炎・心筋炎を合併する頻度はきわめて低く2),irAEの場合にはかなりの高率で合併している可能性があります。MGと筋炎・心筋炎は基本的には異なる疾患ですが,irAEではこれらの疾患が同時に発症するような,病態機序を有している可能性が考えられます。
ご質問の件ですが,MGを疑う症状がない場合には,免疫チェックポイント阻害薬の投与前に全例に対して神経内科にコンサルテーションする必要はありません。また,投与前の抗AChR抗体測定は,0.12%という発症頻度を考えると必須ではありません。irAEとして発症するMGでは,抗AChR抗体が陰性あるいは陽性であっても境界領域の低値である傾向にあります。今日まで抗Mu SK抗体陽性のMGは報告されていません。抗AChR抗体はMGを疑った場合に測定すればよいと思います。むしろ投与前に,血清CK値と心電図を確認しておくことのほうが大切です。
免疫チェックポイント阻害薬投与後にMGが疑われる場合は,迅速なコンサルテーションができる体制を整えておいて下さい。治療の基本は,原因薬剤の中止とステロイドを中心とした免疫療法です。クリーゼに陥る可能性もあり,入院を含めた慎重な経過観察が必要です。無症候でCK上昇だけが認められる場合には再検査を行い,1000 IU/Lを超える場合には横紋筋融解症を考え,点滴治療を行います。CKの改善に乏しい場合には,筋炎の可能性が考えられます。
【文献】
1) Suzuki S, et al:Neurology. 2017;89(11):1127-34.
2) Suzuki S, et al:Arch Neurol. 2009;66(11): 1334-8.
【回答者】
鈴木重明 慶應義塾大学医学部神経内科専任講師