[要旨]医療現場には今もって、セクハラ・パワハラ対応の実務に関して戸惑いが残っている。原因は、セクハラ・パワハラの法律要件(定義)の理解がしにくいためであろう。セクハラの定義のポイントは「相手方の意に反する」にあり、パワハラの定義のポイントは「業務の適正な範囲を超えて」にある。これらをきちんと理解しさえすれば、思わぬ「セクハラ」の訴えに直面したり、「パワハラ」との境界がわからずに「叱る」こともできないなどということがなくなるであろう。
現在、セクシャルハラスメント(セクハラ)とパワーハラスメント(パワハラ)は、一般の企業のみならず、医療機関にとっても最重要のコンプライアンス(法令遵守)問題の1つとなっている。しかし、まだまだ、その認識と対策の歴史は浅い。そのため、問題性の認識と対策は必ずしも十分なものとは言えないだけでなく、現場の関係者の戸惑いも多いところである。
かつて医療界を揺るがした患者・家族のクレーム攻勢や、医療事故に関するマスメディアの過熱報道に初めて接した頃と、同質の戸惑いを感じている医療者も少なくないかもしれない。そのときと同様に、社会の構造や意識が大きく変化したために生じた現象であり、社会全体の規範意識の変化でもあるので、医療者としてもそれらの変化に戸惑いを感じるためであろう。
規範意識の変化のポイントを理解し、戸惑いを払拭するべく、医療現場でセクハラ・パワハラが生じた場合の対応の視点について解説したい。
セクハラについてもパワハラについても、その中核的部分に基本的な刑法犯罪の類型があり、その外延部分に、近時になって拡張されてきた固有のセクハラやパワハラの領域がある。
そこで、まずは、中核的部分である基本的な刑法犯罪について見てみよう。
強制わいせつ罪は、刑法第176条に「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する」と定められている。かつて、この強制わいせつ罪の成立のためには「犯人の性欲を興奮させたり満足させたりする性的意図が必要」とされていた。
たとえば、強制的に押さえつけて女性の裸の写真を撮影しても、それが恨みを晴らすための報復目的だったならば、性的意図はない。このため、強制わいせつ罪にはならなかったのである(もちろん、暴行罪や脅迫罪にはなる)。ところが、最高裁判所は2017年11月29日の判決で、「知人から金を借りる条件として、わいせつ行為を撮影したデータを送るよう要求され」て行った行為に関して、「性的意図を一律に同罪の成立要件とすることは相当でない」として性的意図がなくても強制わいせつ罪の成立を認め、実質的にその判断基準を変更したのであった。
この中核部分における判断基準の変更が、一般的なセクハラにおいても、加害者の意図とは関係なく「被害者が不快に思えばセクハラ」という、いわば絶対的な規制へとつながって行ったとも評しうるのである。
パワハラの中核部分と評しうる刑法犯罪の類型は、セクハラとは異なり、多岐にわたると言えよう。しかし、大きくわければ、暴行罪(刑法第208条)・脅迫罪(刑法第222条)などのような犯罪類型と、名誉毀損罪(刑法第230条)・侮辱罪(刑法第231条)などのような犯罪類型の2つになる。ただ、これらはそもそも時・所・場合によって成立・不成立が区々であり、個別的・具体的な事情によって犯罪の成否がわかれるので、かなり相対的なものと評しえよう。
パワハラが絶対的規制のセクハラと異なって相対的なものとならざるをえないのは、中核部分たる刑法犯罪が、そもそも個別具体的にそれぞれの行為の違法性を判断するものであることによる。つまり、もともとのそのような相対的な性格に由来していると捉えることができるかもしれない。
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