(千葉県 M)
【せん妄に効果が実証されたのは抗精神病薬クエチアピンだが,BPSDには非薬物療法で対処する】
ご質問の内容から,高齢者の興奮に対する静穏化の薬物療法をお尋ねと拝察します。高齢者の興奮の多くは,覚醒度の低下・変動を本質とする急性エピソードとしてのせん妄と,認知症に伴う行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)としての興奮の2つにわけられます。
せん妄の場合,直接因子となっている炎症や低酸素症機序などの身体疾患の治療,および惹起している薬剤の中止が本質的な対応法になりますが,対症療法として向精神薬を要することも多くあります。ランダム化比較試験(RCT)を実施しにくい領域であるためエビデンスレベルは高くないのですが,一般のせん妄でプラセボ対照RCTにおいて効果が実証されたのは,抗精神病薬のクエチアピンです1)2)。クエチアピンは,半減期が短く錐体外路症状も出現しにくいため,せん妄の日常臨床で最も使われています。ただし,糖尿病患者では禁忌に指定されていますので,その場合,同じく半減期の短いペロスピロンが用いられます(図1)3)。
ハロペリドールはほぼ唯一の静脈内投与可能な抗精神病薬ですので,内服不可の場合に使います。しかし,半減期が長いこと,および錐体外路系副作用が比較的出現しやすいため,可能な限り短期間の投与にとどめたいものです。
一方,BPSDは認知症ゆえの状況を理解できない不安を背景にしていることが多いため,不安の軽減を図る非薬物療法的アプローチが最優先されます。それでもやむをえず薬を使う場合は,前述のせん妄に対する薬物療法に準じますが,それ以外に抑肝散が頻用されているようです。
以下,ご質問の薬剤の使用可否について解説します。
チアプリドは効果面で信頼性が低いため,せん妄の治療として用いられることはありません。
ジアゼパムを含めたベンゾジアゼピン受容体作動薬は,それ自体せん妄惹起物質であるため,避けるべきです。
リスペリドンは半減期が長いため睡眠覚醒サイクル障害を助長しかねず,高齢者には望ましくありません。半減期の短い抗精神病薬で効果不十分な際に用います。
クロルプロマジンは,半減期が長いだけでなく強い抗コリン作用により,かえってせん妄を惹起することがあります。また,強い抗α1作用によって過鎮静となり,誤嚥性肺炎や転倒骨折のリスクを上げ,覚醒度を下げることによって臨床像を混乱させる恐れがあります。したがって,高齢者には避けるべきです。
【文献】
1) Devlin JW, et al:Crit Care Med. 2010;38(2): 419-27.
2) Tahir TA, et al:J Psychosom Res. 2010;69(5): 485-90.
3) 日本総合病院精神医学会せん妄指針改訂班:せん妄の臨床指針─せん妄の治療指針. 第2版(日本総合病院精神医学会治療指針 1). 星和書店, 2015, p100.
【回答者】
八田耕太郎 順天堂大学医学部附属練馬病院 メンタルクリニック教授