【食事や腸内細菌叢の変化により発症率が増加】
多発性硬化症(MS)は,遺伝的背景と環境因子の相互作用で発症する自己免疫性脱髄疾患であるが,発症を促進する環境因子として,高緯度,ビタミンD,EBウイルス感染,喫煙等が知られてきた。近年,わが国を含む世界の多くの地域でのMS有病率が増加しているが,これには生活の現代化の影響が大きいと考えられている。生活の現代化は衛生環境の改善を伴うが,その結果,ウイルスや細菌,寄生虫の感染機会が減少すると免疫制御機構の発達が不十分になり,MSをはじめとする自己免疫疾患が増加すると推定されている(衛生仮説,hygiene hypothesis)。
近年,注目されている因子が食事と腸内細菌の変化である。有病率が10万人当たり100人以上とMS多発地域であるノルウェーにおいて,魚を多食する沿岸部は肉を多食する内陸部より発症率が低いことが報告されており,MSと食事は密接な関係にあることが従来から知られていた。また,近年の腸管免疫研究の進歩により食事内容が直接,あるいはクロストリジウム属やセグメント細菌などの腸内細菌を介して,中枢神経系の炎症を抑制する制御性T細胞(Treg)と,促進するTh17細胞を誘導することが明らかになってきた。食事内容や腸内細菌叢の変化はTreg,Th17のバランス変化を介してMSに影響すると推定されるが,実際にMS患者の腸内細菌叢は健常者と異なることが報告されている。
今後,疫学研究や腸管免疫研究に基づいたMSを改善するライフスタイルの確立が望まれる。
【解説】
奥野龍禎*1,望月秀樹*2 大阪大学神経内科 *1医学部講師 *2教授