(高知県 F)
【生活指導や薬物療法などによる積極的な介入,SBP 120mmHg程度までの降圧治療など】
血圧は心臓が動脈を通して全身に血液を送り出す圧力で,左室が収縮して最も高くなった動脈内圧が収縮期血圧(systolic blood pressure:SBP),逆に心臓が拡張して最も低くなった動脈内圧が拡張期血圧(DBP)です。
加齢により大動脈のコンプライアンス(弾性)が低下すると,SBPが上昇するとともに収縮期血流が増加し,逆に拡張期にはDBPが低下し血流量が減少します。したがって,図1に示すように,SBPは加齢に伴い高齢に至るまで上昇していきますが,DBPは50歳代を境に上昇から減少に転じる推移を示します。SBPが上昇せずにDBPだけが上昇することも起こりにくくなります。したがって,(孤立性)拡張期高血圧(isolated diastolic hypertension:IDH)は若・中年者に多く,逆に(孤立性)収縮期高血圧(ISH)は多く高齢者に認められます。高齢者においてDBPが高い場合には,腎血管性高血圧など二次性高血圧の可能性を考えるべきです。
従来,高血圧の指標としては恒常的に血管壁への圧力となるDBPのほうがSBPよりも重視されており,1980年代までは大規模臨床試験における血圧評価や降圧目標にはDBPの値が中心に用いられていました。その後,1990年代になると高齢者の割合も増加し,心血管病リスクへの影響はSBPのほうが大きいことが示され,SBPを重視して血圧評価や降圧目標の設定が行われるようになっています。SBP,DBP値の意味合いは年齢などの背景因子により異なり,端的に言えば,若・中年者の冠動脈疾患のリスクにはDBP,高齢者の脳卒中のリスクにはSBPの影響が大きいと考えられます。
IDHをSBP<140mmHg,DBP≧90mmHgと定義すると,これが若・中年者に認められた場合の予後,特に心血管病の発症リスクに及ぼす影響に関する成績は一致していません。すなわち,24時間血圧モニター(ambulatory blood pressure monitoring:ABPM)を用いた国際共同研究では,50歳以下においてIDHでは心血管イベントの発症が多く1),モンゴルにおける追跡調査でも,IDHでは正常血圧に比べ心血管病の発症が多くありました2)。一方,フィンランドで30~45歳の対象者を32年間追跡した成績ではIDHの死亡率は正常血圧と同等であり3),家庭血圧を用いたわが国の大迫研究においても心血管病による死亡率はIDHと正常血圧で変わりませんでした4)。
1990年代以前の多くの臨床試験ではDBPを指標とした降圧治療により心血管イベントが抑制されていますが,当然のことながら同時にSBPも低下しており,心血管イベントの減少にはDBPの低下よりもSBPの低下のほうが大きく関係しています5)。また,IDHを対象として介入した臨床試験の成績は見当たらず,IDHに対する治療のエビデンスは乏しいようです。このような状況で,以下に記述する若・中年者のIDHに対する治療方針は多分に筆者らの私見となります。
IDHを呈する症例のプロフィールとしては若・中年のほかに,男性,肥満,喫煙,高コレステロール血症,中性脂肪高値,高血糖,メタボリックシンドローム,睡眠時無呼吸などが挙げられています6)~8)。年齢,性別を除いてこれらは改善させることが可能であり,まずは生活指導や薬物治療などによる積極的な介入を行うことにより,IDHも改善することが期待されます。
次に,IDHに対し降圧治療を行う場合,まずSBPを120mmHg程度まで降圧します。SBPが120 mmHgまで下がれば,DBPが100mmHgを超えることは,収縮性心膜炎や心タンポナーデなどの特殊な場合を除けば,通常ありえません。DBPが100mmHgを超える場合,原因の1つには聴診法による血圧測定の問題,すなわち,コロトコフ音の第4相の音が小さく,スワン第4点でDBPを測定している可能性があります。その場合には,オシロメトリック法による自動血圧計で測定値を確認し補完します。オシロメトリック法では,カフ減圧時にカフ圧の変動が始まる時点をSBP,カフ圧が最大になる時点を平均血圧としてDBPを計算しています。SBPが120mmHgまで下がった上でDBPが90mmHg台であれば,心血管病リスクの増加は明らかではなく,長期的には加齢によりDBPが低下していくため,さらに積極的に降圧薬治療を強化することは勧められません。
次に,DBPを効果的に下げる降圧薬治療を考える際には,図2に示すような高血圧の成因を理解し,適切な作用機序を持つ降圧薬を選択すべきです。高血圧の発症・進展には様々な因子が関与しますが,それらのうち血液量の増加と末梢血管抵抗の上昇が主要なものです。この中で,血管拡張により血管抵抗を下げるとともに拡張期の血液量を減じることがDBPを下げるのに効果的であると考えられます。
具体的には,Ca拮抗薬,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensinⅡ receptor blocker:ARB),α遮断薬で血管抵抗を下げるとともに,少量の利尿薬を併用します。Ca拮抗薬は,DBP低下が不十分であれば,ジヒドロピリジン系とジルチアゼムなど非ジヒドロピリジン系の併用を考慮します。処方例を以下に示します。これらの併用療法でDBPが100mmHgを超える場合には,治療抵抗性高血圧として専門医へ紹介します。
・ アムロジピン(ノルバスク®,アムロジン®など)(5mg)1回1錠1日2回
・ オルメサルタン(オルメテック®)(20mg)1回1錠1日2回
・ ドキサゾシン(カルデナリン®)(4mg)1回1錠1日2回
・ ジルチアゼム徐放剤(ヘルベッサー®R)(100mg)1回1カプセル1日2回
・ インダパミド(ナトリックス®)(1mg)1回1錠1日1回
上記併用
【文献】
1) Li Y, et al:Circulation. 2014;130(6):466-74.
2) Li H, et al:Clin Exp Hypertens. 2016;38(1):39-44.
3) Strandberg TE, et al:J Hypertens. 2002;20(3): 399-404.
4) Hozawa A, et al:Arch Intern Med. 2000;160 (21):3301-6.
5) Wang JG, et al:Hypertension. 2005;45(5):907-13.
6) Asgari S, et al:Blood Press. 2016;25(3):177-83.
7) Franklin SS, et al:J Hypertens. 2006;24(10): 2009-16.
8) Baguet JP, et al:J Hypertens. 2005;23(3):521-7.
【回答者】
石光俊彦 獨協医科大学循環器・腎臓内科主任教授
本多勇晴 獨協医科大学循環器・腎臓内科准教授
里中弘志 獨協医科大学循環器・腎臓内科講師