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高野長英(10)[連載小説「群星光芒」174]

No.4761 (2015年07月25日発行) P.72

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-15

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  • 以下は差出人不明の2度目の書状である。

    「伊東瑞渓訳了ノ『三兵答古知幾(タクチーキ)』27巻ハ諸藩ニテ回読サレ、公儀モ『タクチーキ』筆写本ヲ取得セリ。探索方ニテ翻訳者ハ宇和島藩内ニ居住セリト探知シ捕吏ヲ差シムケル内聞モアリ。宇和島藩家老松根図書曰ク、江戸藩邸ヨリ国許ニ急報アリ、一刻モ早ク本藩ヲ去ルベク伊東ニ伝ヘタリ。猶、松根ハ伊東ニ200両ヲ与ヘ、当藩ハ貴殿ヲ御尋ネ者トハ知ラズニ招イタ、ト念ヲ押セリ。伊東ハ、コレヨリ島津斉彬侯ヲ頼リテ薩摩藩入リスル心算ナル由。以上、読後焼却必須ナリ」

    読み終えた内田弥太郎は、またもや居を移さねばならぬ長英さんの心労を思いやり、ため息をついた。

    そして、これほど裏事情に通じる書状の主はいったい何者か、いかなる目的で手前に知らせてくるのか。なによりも見知らぬ者が長英さんの行方を知っているのは許せない、と腹立たしかった。

    嘉永2(1849)年初秋の夜ふけ――。

    「おい、弥太郎、帰ってきたぞ」

    だしぬけに低く太い声がして『宇宙堂』の塾長室にいた弥太郎は腰を浮かせた。

    待ちに待った長英さんの声ではないか。

    だが顔を覗かせた丈の高い人物は異相を呈していた。広い額が頭髪の生え際から両眉にかけて醜く焼けただれ、長英さんとは別人としか思えない。

    「なんだ、その目つきは? わしの生霊とでも思ったか」

    高野長英は声をひそめて笑った。

    「江戸へくる前に人相を変えようと硝石精(硝酸カリウム)で顔を焼いたのだ」

    それをきいてようやく弥太郎は口をひらいた。

    残り1,542文字あります

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