皮膚科領域に特化したスペシャリティファーマとして知られるマルホが、社として初めてチャレンジしたオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)は、得意の外用剤ではなく、乳児用のシロップ剤だった─。
外科的治療やレーザー治療以外にほとんど治療手段がなく、経過観察しながら自然に消えるのを待つほかなかった乳児血管腫(いちご状血管腫)の国内初となる治療薬「ヘマンジオルシロップ」(一般名:プロプラノロール)の開発を、なぜマルホが手がけることになったのか。当時開発を担当した愛宕栄彦執行役員に開発の経緯、舞台裏を聞いた。
愛宕 ヘマンジオルの有効成分プロプラノロールは、1960年代から高血圧、狭心症、不整脈などの治療薬として使用されてきた非選択性β遮断薬です。ボルドー大学の医師がたまたま乳児血管腫を合併した心筋症患者に投与したところ、血管腫が短期間で縮小したことに気づき、2008年に論文報告をしたのがきっかけで研究開発が進められるようになりました。
マルホは、プロプラノロールの乳児用シロップ剤を開発したフランスのピエール ファーブル デルマトロジー社と2012年に日本国内での開発・販売の独占契約を結びましたが、最初声がかかったときはあまり乗り気ではありませんでした。それまでオーファンを手がけことがなく、なおかつ、1歳未満の乳児を対象とした薬ということで2つの大きなハードルがあり、どうしようかと悩んでいた時期がありました。
当初、KOL(キーオピニオンリーダー)の先生方の間でも「よほど重症の乳児にしか使わないから、事業性は難しいよ」といった声が多かったのですが、その中で、ある先生が「これがないと困る患者さんがいる。もし自分の子どもに乳児血管腫があれば大変ですよ」と発言され、他の先生も賛同するようになりました。
愛宕 そうですね。社内でも症例写真を見て「こういう薬の開発もやる必要がある」という話が出ていました。マルホの開発パイプラインをつくるとき、通常のプロジェクトのほかに、2割はニューコンセプト、1割は貢献プロジェクトに開発経費を充てようという大まかな方針があり、この薬の開発も貢献プロジェクトとして進めようという機運が高まっていきました。
乳児血管腫はどの部位にも発現する可能性がありますが、特に頭部や顔面などに発現することが多く、急速に大きくなる場合があり、発現部位や大きさによっては生命への影響や弱視などの機能障害が残る場合があるので、ご家族はとても心配になります。
愛宕 私たちは皮膚科の先生方とネットワークをつくって治験を進めるのは得意ですが、乳児血管腫を最初に診るのは通常皮膚科ではないので、どの先生を頼りにすればいいかというのが最大のネックでした。
国立成育医療センターの薬剤部長の方に相談したところ「マルホさんから声をかけられなかったら、プロプラノロールの錠剤を潰して医師主導治験を進めるところでした」と言われ、形成外科部長の金子剛先生をご紹介いただきました。金子先生と神奈川県立こども医療センターの馬場直子先生、血管腫の専門家である斗南病院の佐々木了先生を中心に治験のグループを形成できたことが、成功した大きな要因と思っています。
愛宕 患者さんのエントリーはそれほど難しくありませんでした。20代、30代のお母さんたちはネットで調べて情報を把握していて、治験の話を聞くと「ぜひお願いします」と快く協力していただけました。
愛宕 行政の後押しもあり、日本の臨床試験は30例程度のオープン試験で行われたのですが、「治癒」と「ほぼ治癒」を合わせた有効率は78.1%(32例中25例)で、ダブルブラインドで行われた海外の試験結果をほぼトレースできたという評価をいただきました。
いつもなら試験が終わると先生方に「ありがとうございました」とお礼を言うのですが、このときは逆に先生方から「よく開発してくれた」と感謝されました。
愛宕 この薬は低血糖を起こすおそれがありますので、投与する前にしっかり母乳・食事を与えることが重要です。また、きちんとステップを踏んで投与量を増やす必要がありますので、私どもが作成しているサポート用資材を活用しながら、保護者への説明を十分にしていただきたいと思います。
愛宕 どちらかというとマイナーな品目が好きなので、「コムクロシャンプー」という頭部の尋常性乾癬を適応としたシャンプー様外用液剤を開発したときは面白かったですね。
単純疱疹・帯状疱疹治療薬「ファムビル」で、事前に患者さんに薬を渡し単純疱疹の初期症状に基づいて自分の判断で服用するPIT(Patient Initiated Therapy)療法を開発したのも思い出深い仕事です。
愛宕 ヘマンジオルの開発は臨床医の気づきから始まりましたが、現場にはまだまだ発見につながる材料があふれていると思います。日頃の臨床で気づいたことがあればお寄せいただき、私たちはそれを吸い上げて開発のチャレンジを続けていきたいと思います。
最近のHTA(医療技術評価)の流れの中で、皮膚科領域の治療法についても、患者さんのQOL改善への貢献を評価できる指標をつくる必要があると思っています。「ニッチな領域でも貢献できる」という自信を持って開発をしたいので、ぜひ皮膚科の先生方と指標づくりを進めていきたいですね。