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多紀元堅(11)[連載小説「群星光芒」203]

No.4791 (2016年02月20日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-27

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  • 「殿、御府内にて蘭方医がおおっぴらに牛の植え疱瘡をはじめました」

    その日、腹心の間 了尽が注進に及んだ。

    「市中の親子に絵入りの引札を渡して頻りに牛の植え疱瘡を勧めているそうです」

    たび重なる種痘の報告に、

    「けしからん」

    と多紀元堅は大きな舌打ちをした。

    「牛の植え疱瘡など蘭方どもの一時の気迷いに過ぎぬ。いまに手酷いしっぺ返しをくらうだろう」

    それでも容易ならぬ事態であることに変りはない。植え疱瘡で勢いづく蘭方医を放置すれば医界はかれらに席捲されかねぬ。

    「蘭方どもを野放図にのさばらせてなるものか」

    かねてより元堅が取って置きの秘策としているのは秘本『医心方』全30巻の存在である。

    「蘭方に対抗できる奥の手が『医心方』に記されている。だが、あの医書は典薬頭半井広明が門外不出として秘蔵しておる。あれを手に入れて解読するのだ」

    と元堅はいった。

    「しかし半井家は容易に手放さぬのでは」と了尽が危ぶむ。

    「もとはといえば『医心方』は多紀家のものじゃ。それを不覚にも半井家に奪われた。わしはこれを取り返してご先祖の屈辱をはらさねばならん」

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