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緒方洪庵(11)[連載小説「群星光芒」219]

No.4807 (2016年06月11日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-24

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  • その日、伊東玄朴は若年寄稲葉兵部少輔の御用屋敷に呼び出され、

    「伊東長春院、その方、上意によりお匙医を罷免いたし、出営を禁ずる」

    と厳しく申し付けられた。

    これまで大手を振って殿中をのし歩いていた蘭方医の総元締が、唐突に蟄居を命じられたから奥医師の間に衝撃が走った。

    洪庵は宿直の際、松本良順の義兄に当たる林 洞海からその経緯について話をきいた。

    丸顔の洞海は太い鼻と今にもとびだしそうな大きな目をした好人物だが、50の坂を越えて物腰はかなり大儀そうだった。

    「長春院殿は翻訳本のことでなにやら不正があって良順殿に譴責されたらしい」

    洞海は唇を突きだして低い声でいった。「両人はふだんからこれじゃったからのう」と皺の寄った指先で角突き合うしぐさもしてみせた。

    実利を重んじ、ねちねちと策をめぐらす老獪な玄朴と真っ直ぐな気性の良順とはまったく肌合いがあわなかった。人前で口争いをすることさえあった。

    良順にはポンペの許で最新の西洋医学を修めた自負がある。玄朴のそれはシーボルト時代の旧い蘭療にすぎない。

    なのに大きな顔をして診療の指図をするのが良順には気にさわるようで、玄朴のことが話題にのぼると、

    「あの出っ張り面を見ると虫酸が走る」

    と顔をしかめた。

    「長春院殿はお玉ヶ池に種痘所を設立した功労者ではないか。それに良順さんは長春院殿の子息伊東玄昌(維新後、伊東方成と改名)をオランダ留学するよう世話までしておる」

    林 洞海がそういって義弟をたしなめると良順は丸い頰をいっそうふくらませて答えた。

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