1987年慶應義塾大学医学部卒。米国NIHフェロー。慶応義塾大学医学部神経内科准教授を経て2019年より現職
▶症例
・51歳女性,頭痛を主訴に来院。生来健康で高血圧,脂質異常症,糖尿病などの生活習慣病の既往なし。喫煙歴なし。機会飲酒。これまでに頭痛で悩むようなことはなかった。最近顔面の火照りや多汗があり,近医婦人科で更年期障害と軽度の貧血を指摘されているが,特に治療の必要はないと言われている。地域のがん検診では特に異常は指摘されていない。約1年前に脳ドックを含む全身ドックを受診し,頭部MRI/Aを撮影したが,脳と脳血管に異常は指摘されていない。約1週間前からしだいに頭痛を感じるようになってきた。突発したというわけではなく,漠然と左の後頭部が痛む,日内変動はなく,生活動作中の増悪因子ははっきりしない。悪心,嘔吐は伴わず,先行感染や発熱はない。家族に脳血管疾患はない。
・ポイント:本特集では「危険な頭痛」として“脳血管障害”に関連する頭痛を鑑別していく。「危険な頭痛」という点では脳腫瘍などの脳占拠性病変,髄膜炎・脳炎などの神経感染症も重要であり,また頻度の高い機能性頭痛(片頭痛,緊張型頭痛)も鑑別すべきではあるが,本稿では以下の5つに絞って鑑別を進めていきたい。
①くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)
②脳実質内出血(intracerebral hemorrhage:ICH)
③可逆性脳血管攣縮症候群(reversible cerebral vasoconstriction syndrome:RCVS)
④椎骨動脈(vertebral artery:VA)解離
⑤脳静脈洞血栓症(cerebral venous sinus thrombosis:CVST)
・病歴では一般的な動脈硬化性疾患の危険因子に乏しく,最近撮影した頭部MR結果からは脳や脳動脈の異常はなさそうである。
▶診察所見
・血圧146/82mmHg,脈拍80/分,不整脈はない。眼底所見では両眼にうっ血乳頭を認めた。眼瞼下垂,眼位の異常,眼球運動障害はない。瞳孔径に左右差はなく,対光反射も迅速であった。眼瞼裂に左右差なし。その他の脳神経に異常はなく,運動系,協調運動にも異常なし。顔面,頸部,体幹,四肢に表在感覚の異常なし。深部感覚障害なし。四肢腱反射は正常で,病的反射も認めない。項部硬直なし。
・ポイント:神経診察の結果,うっ血乳頭の存在のみが異常であり,頭蓋内圧亢進が疑われた。髄膜刺激徴候ははっきりせず,くも膜下出血を積極的に疑う所見はなかった。頭痛の原因となる大脳や小脳・脳幹など頭蓋内病変の存在を示唆する所見にも乏しく,血液検査のほか,髄液検査を行うことも考慮したが,まずは頭部CT,MRなどの画像検査を行うこととした。
▶画像所見
・患者の頭部CT画像(図1上段)を示す。CTでは脳実質内に血腫を認めず,脳表や脳底部のくも膜下腔に出血所見は認めない。頭部MR〔fluid-attenuated inversion recovery(FLAIR)〕画像(図1下段)で脳実質内にも異常は見出せない。MRAでも動脈瘤,動静脈奇形等はないようである(図2)。
・ポイント:気になるのはCT上,後頭蓋窩の頭蓋骨直下に線状の高信号がみえることである(図3A)。MRI-T2*画像を撮ると同部には横静脈洞内に血栓があることがわかる(図3B)。MR静脈造影(magnetic resonance venography:MRV)を撮影すると横静脈洞~S状静脈洞の閉塞が確認された(図3C)。
▶診断と治療
・採血データでDダイマーの上昇を確認しCVSTと診断し,直ちにヘパリンによる抗凝固療法を開始した。その後の採血データからは鉄欠乏性貧血以外に血栓形成傾向をきたす特定の誘因は見出せなかった。
・ポイント:CVSTは先天性あるいは後天性の血栓形成傾向を背景として発症することが多く,妊娠に関連したもの,ピル使用中など若年女性での発症頻度が高い。担癌者に生じる場合もある。本例ではこうした病歴はないが,鉄欠乏性貧血に伴うものが報告されている。出血を伴う場合でも速やかに抗凝固療法を開始し,半年程度はワルファリン経口での治療を続ける。