株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

診断学を取り巻くこの20年の出来事,そして日本では─診断の表側と裏側[プライマリ・ケアの理論と実践(54)]

No.5003 (2020年03月14日発行) P.12

和足孝之 (島根大学医学部附属病院卒後臨床研修センター)

登録日: 2020-03-12

最終更新日: 2020-03-11

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

  

SUMMARY
これまではいかに正確に診断をつけるかが着目されてきたが,これからの診断学はベイズの確率論を始め,疫学・統計学,AI,認知心理学,医療の質等の他分野との融合が必ず加速する。「診断」という行為を俯瞰的に観る姿勢が必要である

KEYWORD
overdiagnosis(過剰診断)と underdiagnosis(過小診断)
世界的な潮流では過剰診断も広義の診断エラーとして考えられており,その有害性も注目されている。医療資源が豊富な場面では過剰診断になりやすく,その逆では過小診断になりやすい。


和足孝之(島根大学医学部附属病院卒後臨床研修センター)

PROFILE
湘南鎌倉総合病院総合内科,東京城東病院総合診療科立ち上げ等を経て2016年より現職。マヒドン大学臨床熱帯医学大学院修了,ハーバード大学医学部GCSRT修了。敬愛する島根大学医学部長を補佐しながら愉快な仲間と大学医学教育改革に邁進中。

POLICY・座右の銘
世の中のひとはなにをぞ言わば言え 我が為すること我れのみぞ知る

1 診断学の歴史

我々医師にとってあまりにも日常的であり,空気のように存在している診断学はイギリス人医師のMarshall Hallが1817年に『On diagnosis』1)を発表し,より近代的に知られるようになったとされる。しかし,実際には紀元前2000年以前にもエジプトの医学書に診断と治療学に言及する記載があり,そもそも医学と診断という行為は一心同体のものとして始まっている。そのため,医学を学ぶ我々は診断学を体系的に自然と学んできたつもりではいる。しかし,この学んだつもりでいる状態を自覚することはきわめて難しく,それはあたかも我々が空気を吸ってミトコンドリアでATPを産生していることを自覚するがごとく難しい。

この20年で,わが国の診断学が大きく発展した中で注目すべきポイントは①ベイズ理論の臨床への応用が普及したこと,②dual process modelの臨床への応用であると筆者は考えている2)。前者はもともと統計学として広く認知されたものであったが,実際のところ1990年頃までは臨床現場においてベイズの確率論(Bayesian probability)としては利用されてこなかった。この理論は2020年現在において,感度,特異度,検査前後確率,的中率,尤度比を用いて臨床推論の根幹として用いられている2)3)。すべての収集した医療情報を検査前確率から診断にrule inないしrule outするための必須の思考方法として我々の診断という不透明な部分を明確化する側面があったと思う。

後者のdual process modelは1990年代後半から心理学,行動科学の研究テーマとして構築され始めたもので,2013年のDaniel Kahnemanの著書での速い直観的思考(system 1)と遅い分析的思考(system 2)4)としてわが国でも非常に知れわたった。この臨床推論のモデルは,現在において診断エラーの解説時に使用されることが多いが,実際には優れた技術を持った臨床家が両方を駆使し,迅速かつ的確に行うことができるという理論の裏付けにもなる。このように他分野の学問との融合により,これまで医師が行ってきた診断プロセスが言語化できるようになり,わが国においても医師の診断学の実践と教育が飛躍的に発展する原動力となった。

プレミアム会員向けコンテンツです(期間限定で無料会員も閲覧可)
→ログインした状態で続きを読む

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top