患者が心身のバランスを崩し、不安を抱えて訪れるメンタルクリニックでは、安心や信頼、清潔といった印象を与え、通院が苦にならないような空間づくりが重要とされる。そのため設計においては、院長のコンセプトを十分に理解し、思いを実現させる設計業者と出会えるかがカギとなる。連載第19回は、「五感をやわらげながら過ごしてほしい」との思いを汲んだ設計士の提案による、落ち着いた“和モダン”空間が印象的なクリニックの事例を紹介する。
東京メトロ丸ノ内線・四谷三丁目駅から徒歩1分のオフィスビルの3階にある「四谷三丁目つばめクリニック」は、2019年12月に開院した。
日本救急医学会専門医と日本精神神経学会の指導医・専門医資格を持つ東彦弘院長は、公認心理士の資格取得を通じ、社会におけるストレス因子が精神の不調をきたしうることや認知行動療法的アプローチの重要性を実感。患者の心の不調に対し、①身体の症状に由来するもの、②精神の症状自体に由来するもの、③生活環境に由来するもの―という「3つの要因」を包括して、必要に応じて血液検査を行うなど総合的にアプローチする診療スタイルをとっている。
東院長がメンタルクリニックを開業するに当たり、空間づくりのコンセプトに掲げたのは「五感がやわらぐような居心地」だ。
「治療の効果を高めるためにも、患者さんにはできるだけくつろいでもらいたい。自宅やカフェにいるように待ち時間を過ごすことができるクリニックをイメージしていました」
こうした東院長のイメージを具現化したのが、医療機関に特化した設計事務所リチェルカーレ(http://www.ricercare.co.jp)。リチェルカーレは全国で約1000の医院建築の実績を持ち、クリニックにとどまらず大規模病院も手がけている。創業30年超で培ったノウハウに基づく柔軟な提案力と施主の要望へのきめ細やかな対応に定評がある。
同院のトーンはシンプルな「和モダン」で統一されている。待合室は、いわゆる“ビル診”にもかかわらず天井が高いため圧迫感がなく、床や梁、インテリアなどに温かみのある木材を用いたことで、落ち着いた雰囲気となり、ゆったりと過ごすことができる。
また少し間隔を空けて天井に設置したダウンライトとビルの古いサッシ窓を隠すために採用した障子越しの自然光の優しい明るさで、患者がくつろぎやすい空間に仕上がっている。クリニックの印象に直結する待合室の設計プロセスを東院長はこう振り返る。
「何となく私が描いていたイメージは、もう少し都会的でダークブラウンを基調とした空間でした。窓の古いサッシを隠すために、リチェルカーレさんから『障子を使いましょう』という提案があったのがきっかけとなり、障子に合うような和テイストを強めたトーンに全体を変更したのです。抑えた光が全体に広がり、ニュートラルカラーで落ち着いた印象の待合室になったので、とても満足しています」
診察室は大きな窓がある南側に配置し、ビルが密集する立地の3階にもかかわらず自然光が部屋全体に注ぐ。デスクの背後一面に用いた深い青の壁紙が光を吸収することで、明るさと落ち着きを両立。じっくり患者と向き合えるスペースとなっている。
「メンタルクリニックは定期的かつ長期にわたり通院を必要とする患者さんがどうしても多くなります。長いお付き合いをしていくには、治療の効果だけではなく、患者さんができるだけ緊張せず気楽に足を運んでもらえるような環境づくりが大切です。当院に来て、患者さんが自身の五感をやわらげるヒントを持ち帰ってくれたらうれしいですね」(東院長)
同院は、リチェルカーレの設計ノウハウを生かし、機能面でも細かい配慮が随所になされている。待合室の障子窓の前にはカウンターを設置。同院は予約制のため待合室が混み合うことはないが、メンタルクリニックの特性を踏まえ、患者同士の目線が合わなくてもすむように、プライベートスペースを確保した。障子は危険防止策としての機能も備える。窓には障子を開けないと手が届かず、患者では開けられない特殊鍵が窓に付けられているなど、万が一の場合に備えた対策を講じている。
また巧みなレイアウトでデッドスペースを活用し、ロッカーやスタッフルームの広さを確保することが可能になった。
「スタッフルームはくつろぐ場所であり、作戦会議を練る場所でもあります。皆で問題を整理していく時に、窮屈なスペースでは良い議論ができません。そのため診察室と同じように大きな窓から光の入る南側に配置してもらいました。私も含めた医療従事者のメンタルが充実していなければ質の高い医療を提供することはできないと思います。我々が力を発揮できる環境を整え、患者さんが心の健康を取り戻せるようなサポートをしていきたいと考えています」(東院長)