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[緊急寄稿]新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の院内感染防止対策─全入院患者にPCR検査が必要(菅谷憲夫)

No.5018 (2020年06月27日発行) P.26

菅谷憲夫 (慶應義塾大学医学部客員教授,WHO重症インフルエンザガイドライン委員)

登録日: 2020-06-18

最終更新日: 2020-06-18

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世界保健機関(WHO)は,本年3月11日にSARS-Coronavirus-2(SARS-CoV-2)のパンデミックを宣言した。日本国内では4月7日に,東京,神奈川,千葉などに緊急事態宣言が出された。5月に入り,日本の流行第1波も終息傾向が見られ,緊急事態宣言は5月25日に解除された。今この時期にこそ,秋または冬に予測される第2波の対策を立てるべきである。本稿では,これからの院内感染対策について検討した。

1.    死亡例の1/4は院内感染

日本のSARS-CoV-2による死亡例の,少なくとも24%は院内感染によるものであった(毎日新聞,6月7日)。今,日本の死亡者は1000人の大台に近づいているが,その4分の1までもが院内感染によることは深刻な問題であり,SARS-CoV-2院内感染対策の根本的な見直しが必要であることを示している。報道によれば,入院中にSARS-CoV-2に感染した患者数は1028人で,このうち205人が死亡しており,院内感染患者の死亡率は20%ときわめて高率であった。

日本の院内感染死亡はすべて入院患者の死亡であり,欧米のように医療従事者の死亡例は報告されていない。一方で,日本の医療従事者の感染例が1590人報告され,その内,6割が看護職であることも報道された(読売新聞,6月4日)。「医療現場の感染リスクの高さが改めて浮き彫りとなった」とされ,日本の全感染例の9.6%(1590人/1万6558人,5月31日時点)が医療従事者となる。

2.    受診患者数の減少

これだけ院内感染例が報告されれば,日本国民がSARS-CoV-2感染を恐れて病院受診を控えるのは当然である。定期的な受診が必要な患者までもが受診を控え,全国の病院,クリニックの受診者数が減少したことで,医療機関の莫大な赤字が問題となっている。これは院内感染対策が不十分であることを国民が感じ,受診すると感染する可能性があり,また入院中にSARS-CoV-2に感染すると生命の危険が高いと理解しているからである。風評被害というよりも,日本国民の常識的な判断と言えよう。

3.    SARS-CoV-2に対して従来の感染対策は不十分

SARS-CoV-2の院内感染対策は,手洗い,マスク,ガウン着用などの標準予防策を基本として,主要な感染経路遮断のために,飛沫と接触感染予防策がとられてきた。しかし現状を見れば,このような対策では不十分であることは明らかである。

SARS-CoV-2の院内感染対策が困難な最大の理由は,無症状患者の存在である。無症状患者(asymptomatic patients)とは,RT-PCR検査で陽性であるが,発熱,咳嗽,倦怠感などの臨床症状がなく,原則として,胸部レントゲン写真やCTでも所見がない症例のことである1)。RT-PCR検査で陽性で,その時には無症状であるが,後に発症する潜伏期の患者も含まれる(pre-symptomatic patients)2)。感染制御の基本は,早期に診断して感染経路を断つ事であるが,無症状患者は訴えがなく,受診や検査対象にならないので,診断はきわめて難しい。しかも,SARS-CoV-2の無症状患者は,肺炎等の所見のある患者と同程度の感染性,感染力があることがわかっている。またSARS-CoV-2の肺炎患者も発症数日前から感染性が出てくるので,発症した患者を早期に隔離しても,院内感染防止は容易ではない。

4.    SARS-CoV-2の無症状患者は高頻度

SARS-CoV-2のPCR陽性患者のうち,米国小児の報告では13%3),同じくシアトルの高齢者施設の報告では,半数が無症状患者であった4)。一方,日本の報告では,中国武漢からの日本人帰国者では30.8%1),ダイヤモンド・プリンセス号では17.9%が無症状患者であった5)。したがって,SARS-CoV-2患者では,かなり高率に無症状患者が存在すると考えられる。

有症状患者では,発症数日前から周囲への感染力があるが,無症状患者でも,感染後早期から感染力を有すると指摘され,無症状患者がPCR検査陽性から陰性化するまでの中央値は9.5日で,最長21日と報告されている6)。PCR検査陽性の無症状患者は,10日~14日間の隔離と,2回連続の陰性確認が必要である。

SARS-CoV-2患者には無症状患者が高頻度に存在し,無症状患者から周囲に感染することは間違いないが1)7),SARS-CoV-2患者の中で,無症状患者からの感染と考えられる症例の割合は明らかではない2)

5.    院内感染防止は全入院患者のPCR検査から

有効な院内感染防止策は,PCR検査を充実させることである。すべての入院患者は,入院時にSARS-CoV-2のチェックを必須とすべきである。原則はRT-PCR検査である。最近,承認された抗原検査キットの実際の感度は明らかではないが,PCR検査に比べて,一定以上の感度,特異度があれば,30分以内で結果を判定できることや,コストの面から有用性はある。しかし,疑陰性の場合,患者や医療機関への影響はインフルエンザよりもはるかに大きい。そのため,緊急検査としては有用であるが,PCRによる最終的な確認が多くの場合で必要と考えられる。

日本感染症学会などから「院内感染を予防するための水際対策として,SARS-COV-2の症状が明らかではない患者さんに対しても手術(挿管を伴うもの),分娩,内視鏡検査,透析医療あるいは救急医療などの診療実施前にSARS-COV-2のPCR検査を行うことは医療崩壊を防ぐために必須であり,このための公的補助を強く要望する」との声明文も出ている8)9)

慶應義塾大学病院など,いくつかの有力な病院では,全入院患者にSARS-CoV-2のPCR検査は実施されている。しかし,SARS-CoV-2院内感染発生は大学病院や大規模な病院に限らず,中小規模の病院や,さらにはSARS-CoV-2患者の受け入れを行っていない精神科病院やリハビリ病院でも発生し,そこでも多くの入院患者死亡例が出ている。

6.    医療従事者のPCR検査も実施

医療従事者が無症状患者となり,院内感染の発端者になり,感染を拡散するケースもあるので,医師や看護師など入院患者と接する医療スタッフも,月に数回,スクリーニングとしてSARS-CoV-2のPCR検査を受けることが重要である。これは患者を院内感染から守るためと同時に,SARS-CoV-2を家庭に持ち帰ることを心配する医療従事者にとってもメリットが大きい。現在,日本のほとんどの病院ではSARS-CoV-2感染者がどこにいるか分からないので,医療従事者は,病院勤務は一定の危険があることを承知しており,院内での感染を警戒している。

7.    SARS-CoV-2の検査は病院経営にも有用

医療従事者でさえSARS-CoV-2の感染を恐れているので,国民が病院受診を控えるのは当然である。病院経営が悪化したために,政府が病院に対して経済的に助成するのも必要な施策ではあるが,一義的には,病院の院内感染対策を徹底し,患者が安心して受診できる環境を提供することが,はるかに重要である。妊産婦も含めて,患者全員の入院時のSARS-CoV-2のPCR検査(あるいは抗原検査)と,医療従事者全員の定期的なPCR検査によるスクリーニングには,政府による経済的支援,検査機関の拡充など,全面的なバックアップが必須となる。最高レベルの院内感染対策の確立があってこそ,病院に再び患者が戻り,世界に誇る日本の医療が再生すると考えられる。

8.    おわりに

SARS-CoV-2パンデミックに伴った院内感染は,多数の重症者,死亡者が発生し,深刻な問題である。現状の感染対策のままで,これから起きる第2波に臨めば,再び多くの病院で院内感染が発生し,肝心の病院機能が大幅に低下する危険性がある。それを防ぐには,ワクチンや治療薬の開発にも期待がかかるが,今,日本で望まれることはPCR検査の徹底である。プロ野球やJリーグの選手が試合前にSARS-CoV-2のPCR検査を受けるのであれば,様々な困難はあるが,全入院患者のPCR検査,そして全病院職員のPCR検査によるスクリーニングを国主導で,是非,病院のルーチンにすべきである。今年の秋か冬に来ることが予測されている第2波は,インフルエンザの流行と重なる可能性があるが,病院のSARS-CoV-2検査体制が確立しないままにインフルエンザの流行を迎えると,医療現場は混乱し,感染制御は一段と困難になると思われる。

【文献】

1)    Gao Z, et al:J Microbiol Immunol Infect. 2020 May 15.

2)    CDC. Interim Clinical Guidance for Management of Patients with Confirmed Coronavirus Disease (COVID-19). 2020 June 2.

3)    Dong Y, et al:Pediatrics. 2020;145(6):e20200702.

4)    Roxby AC, et al:MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2020;69(14):416-8.

5)    Mizumoto K, et al:Euro Surveill. 2020;25(10):2000180.

6)    Hu Z, et al:Sci China Life Sci. 2020;63(5):706-11.

7)    Bai Y, et al:JAMA. 2020;323(14):1406-7.

8)    日本外科学会「全身麻酔管理下外科手術における新型コロナウイルス核酸検出の保険収載に関する要望書」(4月9日) [http://www.jssoc.or.jp/aboutus/coronavirus/info20200416.pdf]

9)    日本内科学会, 日本感染症学会合同声明文(4月21日)
    [http://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=149]

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