顎口虫属の線虫による食品由来寄生虫症で,多くの例で淡水魚,ヘビ,カエルの生食あるいは十分加熱しない調理法による摂取が確認される。顎口虫は人体内で成虫にならず,幼虫のまま種々の組織を移動する。いわゆるクリーピング病の代表で,皮膚の線状皮疹(爬行疹,creeping eruption)が典型的な症状である。国内では爬行疹か移動性皮下腫瘤が多く,大腸壁への腹膜側からの侵入,あるいは胸腔内への迷入も知られている。海外では,これらに加えて眼球や中枢神経系への迷入が報告されている。
皮膚の爬行疹あるいは移動性皮下腫瘤をみたときに,まず疑うべき疾患である。線状の皮疹は比較的太くしっかりしていて,虫体が通過してからの時間により淡紅色から薄茶褐色までの色調を示す。無治療で2~3カ月以内に自然治癒することもあれば,経過が年余に及ぶ症例もある。
生検による虫体の確認が最も確実な診断法である。生検組織から虫体を剖出できた場合,あるいは病理組織切片で虫体の腸管断面が見えた場合には,頭球鉤の数や形態,あるいは腸管上皮細胞の形態や核数により顎口虫の種を鑑別できる。虫体断片またはパラフィン切片から抽出したDNAによる遺伝子診断によっても種が確定できる。生検によって虫体が得られなかった場合は,抗体検査によって診断する。
顎口虫症は感染源が限られている。問診で居住地,淡水魚や両生類,爬虫類の生食歴を聞き出すことは診断上重要である。国内ではホタルイカ生食による旋尾線虫症,動物由来の鉤虫の幼虫による皮膚線状爬行疹,非寄生虫性の線状疹との鑑別を要する。なお,マンソン孤虫と顎口虫は生活史が似ており重複感染の報告もあるので,皮膚爬行疹や皮下腫瘤があって抗体検査をする場合には,両者について調べるのがよい。
種々の組織へ顎口虫の幼虫が侵入し,幼虫周囲に好酸球性炎症が引き起こされて,部位に依存する症状を引き起こす。原因不明の好酸球増多では鑑別の対象になる。画像診断で虫体の存在部位を特定できないことが多く,生検による虫体の直接証明は難しい。したがって,抗体検査によって診断する。血清抗体は感染後4週間くらいで検出可能になるので,ペア血清で抗体の陽転や抗体濃度の上昇が認められれば診断的価値は高い。また,好酸球性胸水や脳脊髄液中の好酸球増多があれば,これらの局所液と血清の抗体濃度を比較することで,診断の精度を高くすることができる。
最も確実な治療は,診断の確定を兼ねた虫体の摘出になる。ただし,摘出できた虫体以外の虫体の存在を否定できないので,内科的治療も併用する。皮膚生検で虫体が摘出できなかったとき,あるいは虫体の存在部位が特定できず外科的に摘出できない場合は,最初から内科的に治療する。駆虫薬としては,線虫類一般に効果のあるベンズイミダゾール系で比較的組織分布のよいアルベンダゾールを用いる。糞線虫症・疥癬治療薬のイベルメクチンでも同様の効果があると報告されている。
虫体周囲の炎症による炎症性イレウスでは,保存的に対処する。虫体が中枢に侵入した場合には,駆虫薬と同時にステロイドによって炎症を抑制する。
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