わが国における単純ヘルペス脳炎(herpes simplex virus encephalitis:HSVE)の年間発症者数は約350人1)で,発症年齢は新生児~高齢者と幅広い。新生児を除く小児~成人のHSVEは,三叉神経節などに潜伏した単純ヘルペスウイルス(HSV)が再活性化して,上行性に脳に達し脳炎を発症する。
HSVEは,初期治療が患者の予後に関連するためneurological emergencyとして位置づけられている。基本的には意識障害が深化する前に,できるだけ早期に第一選択薬のアシクロビルを開始することが患者の予後の点からきわめて重要2)である。
2017年8月に「単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017」2)が公表されており,脳炎を疑った際の検査手順および治療において,入院後6時間以内にアシクロビルの投与開始が推奨されている。
成人例では精神症状が66%の患者で認められ,発熱や意識障害が出現する前に精神症状が先行して発症する症例が15%の患者で認められる2)。
本症の多くは急性経過を呈し,側頭葉・辺縁系症状(人格変化,異常行動,記銘力障害,感覚性失語,性行動異常など)が多く,運動麻痺は少ない。一方,新生児では,新生児ヘルペス感染症が全身型,中枢神経型,表在型に分類されるが,このうち全身型と中枢神経型で本症を起こす。多くは分娩時の経産道感染による。
頭部MRIでは,83~96%で側頭葉に,4~17%で側頭葉以外に異常を認める。拡散強調像は早期変化をとらえる可能性が高いため,撮影条件に加える2)。脳波は疾患に特異的な検査ではないが,発症早期より高頻度に異常を検出でき,精神疾患との鑑別に有用である。
確定診断の標準的検査法は,PCRによる髄液内HSV-DNA検出である。本症では,最小検出感度の点から高感度PCRが推奨される。しかし,発症48時間以内では偽陰性を呈する可能性がある。したがって,発症早期に陰性の場合には,治療は継続し,PCRを再検することが必要である2)。
第一選択薬はアシクロビルであり,早期に開始すべきである2)。脳炎を疑った場合に,上記ガイドラインではアシクロビルの静脈内投与を早期に開始する。つまり,髄液を用いたPCRによるウイルスDNAの検出結果を待たずに本薬の投与を開始し,たとえ入院時の髄液一般所見が正常でも,MRIで異常が検出されなくても,アシクロビルをまず開始すべきである2)。
成人例において副腎皮質ステロイドの併用はいまだ確立されていないが,一定の医学的根拠があるので推奨する。本症では,急性散在性脳脊髄炎など副腎皮質ステロイドが効果的である疾患が鑑別として挙げられること,また,本症の病態に抗N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体が関与する場合もあり,成人では初発~約10日間に副腎皮質ステロイドを併用することが有用である可能性がある2)。
アシクロビル治療抵抗性の症例(アシクロビル耐性株も含む)には,ホスカルネットやビダラビンなどウイルス由来のチミジンキナーゼを介さないで作用する抗ウイルス薬を用いる2)。
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