末梢性に顔面神経が麻痺する病態で,特発性の名称ではあるものの単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の再活性化に関連して発症することが多い。発病率は人口10万人当たり年20~30人と少なくない。多くの例が完全回復するが,予後不良因子は高齢,高血圧,糖尿病,味覚障害,耳以外の痛み,顔面筋の完全麻痺などである。
特発性末梢性顔面神経麻痺の診断は除外診断になる。前頭筋の麻痺が目立たない場合は中枢性顔面神経麻痺の可能性があり,特に高齢者では脳血管障害を鑑別する必要がある。他の下位脳神経症状を伴っている場合は脳腫瘍や頭蓋底腫瘍,多発性硬化症,炎症性疾患も鑑別する。両側性の場合はギラン・バレー症候群,ライム病,アミロイドーシスなどの可能性もある。末梢性に顔面神経が障害された場合には前頭筋を含めて障害されるため,額のしわ寄せができない。アブミ骨筋麻痺による麻痺側の聴覚過敏や中間神経麻痺による舌前2/3の味覚障害を認めれば,部位診断の意義は少なく,むしろ予後診断に役立つ。耳介の発赤・水疱形成を伴っている場合は,水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)再活性化によるラムゼイ・ハント症候群の可能性があり重症化しやすい。手術外傷などの既往,耳下腺悪性腫瘍や中耳,耳下腺などの炎症がないことを確認し,特発性末梢性顔面神経麻痺と診断する。神経生理検査は重症度判定や予後推定に用いられる。
神経浮腫とそれに伴う神経内圧の軽減および二次的に得られる血流改善のため,感染症や消化性潰瘍などの禁忌疾患がなければ発症早期に副腎皮質ステロイド療法を行う。病因としてHSV-1再活性化が否定できないこともあり,中等症以上の症例では抗ウイルス薬の併用が推奨されているが,実際には皮疹のないラムゼイ・ハント症候群(zoster sine herpete)との鑑別は困難であることもあり,腎障害を確認し,ほぼ全例で投与している。発症3日以内が推奨されているが,発症10日以内でも有効であることが報告されている。神経障害の回復促進を狙い,メコバラミンを併用する。重症化により閉瞼不全(兎眼)となると角膜損傷を併発することがあり,点眼液,眼軟膏などを併用する。
ステロイド治療によるB型肝炎ウイルス(HBV)再活性化を避けるため,治療開始前にHBs抗原を測定し,陽性(HBVキャリア)であれば肝臓専門医に対診する。陰性であればHBc抗体およびHBs抗体を測定する。既往感染者であれば,HBV-DNAを定量し,陽性であれば抗B型肝炎ウイルス薬を併用しながら,2週間以内の投与にとどめる。陰性であっても1年後には肝機能検査を行う。糖尿病合併例では,ステロイド治療による血糖コントロール増悪が予想されるため,HbA1cを確認の上,患者指導を行い,適宜再検する。
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