胸痛は,きわめて頻度が高い疾患で,救急外来でも多くみられる主訴のひとつである。一方で胸痛を訴えて受診する患者には,心臓神経症に分類されるような不安感がベースとなる軽症から,急性心筋梗塞・劇症型心筋炎など生命に直結する重篤なものまでを考慮しなければならない。また,治療開始の遅れが生命に直結することも多く,注意すべき疾患が多い。胸痛の患者を診察する際には,確定診断にたどりついてから治療を考えるのでなく,鑑別診断を考えながら同時に治療内容も考慮しながら進めることが求められる。病歴や心電図,心エコーなど低侵襲な検査から得られる所見を総合的に判断し,迅速な対応が求められるところが胸痛患者を扱う上でのポイントとなる。
胸痛患者にとって病歴聴取は重要性が高い。それは病歴によって重要度を判別したり,治療の順位づけを行うことができるからである。胸痛がどのようなときに起こるのか(労作時か安静時か),頻度はどの程度か(数秒の自覚か数分持続するものか,半日持続するのか),それは移動性なのか(大動脈解離の特徴),冷汗を伴うか(狭心症では伴うことが多い),呼吸苦があるか(心不全の合併や心タンポナーデの有無など),深い呼吸と関係する痛みか(胸膜炎に特徴的),など詳しい病歴によって疾患を推測することが可能となる。
たとえば狭心症の場合,労作時のみに出現し,かつ毎回同じような労作で胸痛が出るようであれば安定した狭心症と診断できる。今後確定診断,治療方針の決定にカテーテル検査は必要であるが,この症状からは緊急性はなく,入院予約の上,いったん帰宅でもかまわない。一方で,胸痛の頻度が増え軽労作でも出現しているという病歴を聴取すれば,緊急入院の適応となる。血液検査でCPKの著明な上昇はなくても(この病態であればCPKは正常範囲でトロポニンのみがわずかに上昇している,というのが典型である),急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)を疑い,緊急入院(しかも集中治療室が望ましい),緊急カテーテル治療(PCI)が必要な病態であろう。
また「落とし穴・禁忌事項」の項でも述べるが,急性心筋炎・劇症型心筋炎を鑑別するにも病歴聴取がポイントとなる。劇症型心筋炎は致命的な疾患でありながら特異的な症状が存在しない。このため医師の見落としとされ,全国で訴訟にまで発展している例が多い。心筋炎の病態機序を考えると,ウイルス感染からの自己免疫による心筋の炎症であるため,致死的な病態になる前の初期徴候は咳や鼻水などの感冒症状であったり下痢などの消化器症状という非特異的なものであることが多い。「感冒が先行する胸痛で重症感あり」症例は要注意である。
まず胸痛が主訴の場合,重要なことは心不全合併の有無である。聴診にてラ音の有無,その部位に加えてpitting edema(圧痕性浮腫)に代表される下腿浮腫所見,腹部触診による肝腫大や圧痛の有無について確認が必要となる。劇症型心筋炎ではショック徴候の把握がきわめて重要となる。血圧低下による四肢の冷汗,LOS(low output syndrome)による意識混濁,脈圧の低下などの有無も重要な所見である。心囊液が貯留して心タンポナーデとなれば奇脈や頸静脈怒張がみられる。身体診察によりこれらのショック徴候がみられれば緊急事態である。胸痛が主訴の場合は,身体診察や病歴聴取などによって迅速に鑑別を進めながら,同時に必要な治療をも考えなければならない。
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