前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)は65歳未満に発症する若年性認知症の代表的疾患のひとつであるが,その中心は従来からピック病(Pick病)と呼ばれてきた疾患である。3つの臨床サブタイプが含まれ,それぞれ主として侵される脳の部位が異なり,その症状も,行動の障害が強く出る「行動異常型前頭側頭型認知症(bvFTD)」,言語の障害と行動の障害の両方が前景に立つ「意味性認知症(SD)」,言語の障害のみが目立つことの多い「進行性非流暢性失語」という違いがある。FTDは臨床概念として用いられることが多く,神経病理学あるいは分子生物学的見地から議論する場合は,前頭側頭葉変性症(FTLD)と呼ばれることもある。
高齢発症,特に80歳を超えて発症するFTDはきわめて稀である。アルツハイマー病のような病初期からの近時記憶障害や,レビー小体型認知症(DLB)のような幻覚・妄想が目立つことはほとんどない。その一方で,1日中数kmの同じコースを歩き続ける「常同的周遊」や決まった少数の食品や料理に固執する「常同的食行動」,時刻表的生活などの「常同・強迫行動」,常同的食行動に加えて過食や(甘辛いものを好む)嗜好の変化などの「食行動異常」,刺激に対して衝動的に反応したり,自らの欲求を制御することができず,気の向くままに行動するためマナーの欠如や万引きとみなされてしまう「脱抑制」,目の前の人のしぐさのまねをしたり,何かの文句につられて即座に歌を歌いだしたり,目に入った看板の文字をいちいち読み上げるといった「被影響性の亢進」など,様々な特徴的行動が認められる。周囲の反応や自分の行為の結果に対して無関心になり,進行に伴ってアパシーが前景に立つようになる。
エビデンスは少ないものの,非薬物療法は有用であり,治療の中心となる。常同行動や被影響性の亢進などの行動障害を逆手に取った行動療法的アプローチや,保たれている近時記憶や視空間認知能力を活用したケアが中心となる。上述したようにFTDは臨床的症候群であり,その背景病理も多彩であるため,薬物療法の検討は少なく,十分なエビデンスがあるとは言い難い。行動障害に対する対症療法であるため,対象の大部分はbvFTDないしSDである。「認知症疾患診療ガイドライン2017」では「前頭側頭葉変性症の行動障害を改善する目的で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor)の使用が推奨される」とあるが,エビデンスレベルは「弱い推奨」とされている。保険適用のある薬剤はないため,丁寧な説明と同意の取得が必要である。行動障害の激しい症例に関しては,フルボキサミンやトラゾドンを試みる価値はある。他の認知症性疾患と同様,抗精神病薬の使用は可能な限り避け,使用する場合もクエチアピンのような錐体外路症状を起こしにくいものを短期間,少量使用する。通常は上述した非薬物療法と併用する。
残り1,102文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する