【出血の原因となった疾患の具合と,脳梗塞再発の危険度を天秤にかけて考える】
脳梗塞患者が抗凝固薬を服用中に出血合併症を生じて,抗凝固薬を中止した場合,「抗凝固薬を再開すべきか」「いつ再開すればよいか」は,現場でしばしば遭遇する悩ましい問題です。
再開すべきか否かは,出血の原因となった疾患の具合と,脳梗塞再発の危険度を天秤にかけて考えます。まず抗凝固薬服用が必要なタイプの脳梗塞かを,この機会によく確認して下さい。脳梗塞再発予防のための抗血栓薬の選び方は,心原性脳塞栓症には抗凝固薬,非心原性脳梗塞には抗血小板薬を原則として用います。心房細動を思わせるような動悸の病歴があって抗凝固薬を始めたが,結局心房細動が一度もみつからずに過ごしている人や,感染症などの原因を伴う深部静脈血栓を脳梗塞発症時に有して奇異性脳塞栓症と診断したが,その後原因疾患が解決して静脈血栓が起こりそうにない人など,必ずしも抗凝固療法が必要ではない患者には,この機会に抗凝固薬を完全に中止してもよいでしょう。判断に悩む場合には,専門医にご相談下さい。
出血の原疾患の軽重も,再開の是非を判断する際に重要です。再出血の危険が高い疾患,たとえば治癒困難な悪性疾患によって出血した場合には,脳梗塞再発の危険が高まっても抗凝固薬をあきらめざるをえないことがあります。いわゆるフレイルで転倒を繰り返して硬膜下血腫をよく起こす患者に,抗凝固療法を断念する場合も少なくありません。このような場合,患者本人ないし家族に,本来必要な治療ができなくなったことを十分に説明して理解して頂く必要があります。
再開時期も,脳梗塞のタイプや出血原疾患の事情によります。たとえば機械弁置換術後などの弁膜症性心疾患で脳梗塞を起こした患者には,一刻も早く抗凝固療法を再開しないと脳梗塞再発の危険が高まります。一方,非弁膜症性心房細動ならばゆっくり再開してよいというわけではありません。弁膜症性よりも多少は脳梗塞再発の危険が低くなりますが,数日間の休薬で脳梗塞を再発して入院してくる非弁膜症性心房細動患者も少なくありません。「本来抗凝固療法の適応を有する患者では,出血合併症のコントロールがつき次第,一刻も早く再開する」が,大原則です。
再開時に,中止前に用いていた抗凝固薬の種類や投与量が適切かも,よく確認して下さい。たとえばワルファリン服用患者で,必要量を超える量を投与し,プロトロンビン時間(prothrombin time- international normalized ratio:PT-INR)が適正治療範囲を超えていた場合は,適切なPT-INRを示す投与量になるよう調整して下さい。脳梗塞の塞栓源として最も頻度が高い非弁膜症性心房細動には,ワルファリンと直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anti coagulant:DOAC)(ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン)のどちらも適応がありますが,出血合併症,特に頭蓋内出血の危険は,明らかにDOACが低いです。他の条件が許すならば,出血合併症を契機としてワルファリンからDOACに切り替えることも,考えてよいと思います。
【回答者】
豊田一則 国立循環器病研究センター副院長