医師は,患者に対して病状の告知ならびに治療方針や予後等の説明を行い,承諾のもと治療を開始しますが,患者の家族にまで告知する必要があるのでしょうか。
①このたびは非常に残念でした。治療については本人の同意も得て全力で行いましたが,ご家族への説明が不十分でした。改めて説明をさせて頂きます。
②皆さんのお気持ちはわかりますが,今回の治療についてはすべてご本人に説明し,ご納得頂いた上で実施いたしました。個人情報保護法の観点から,生前に患者の許可なくご家族にも説明できない決まりとなっておりますので,ご了解ください。
身内を亡くして悲しみに沈む遺族からすれば,事前に病状の説明(病気の告知)を聴いていれば,心がまえもできたであろうという気持ちになりますし,結果的に担当医を責めるということにもなりかねません。①のように,単に患者遺族の希望に沿うようにすべて説明するというより,②のように,患者本人に対する告知義務および説明責任は果たしていること,患者の承諾のもと治療を行ったこと,個人情報保護法により家族であっても説明ができなかったことを踏まえて,記録(カルテ)をもとに説明することでトラブルを防ぎましょう。
患者本人以外の家族にまで告知義務があるかについて争われた裁判が,平成19年6月14日に名古屋地裁で判決されていましたので概略を紹介します。
72歳の男性が,頻尿と腰痛を訴えてクリニックを受診したところ,PSA値が高く前立腺癌に罹患していたことが判明しました。クリニックの医師は患者に対して,進行性のがんであること,予後が良くないこと,泌尿器専門医による治療が妥当であることを説明しました。さらに医師が治療方法とその際使用する薬で副作用が生じる旨の説明,精査を受けるべく転院を勧める説明を複数回行いましたが,患者はこれらの実施を拒否。症状悪化に伴い転院するも手術は施行されず,その後クリニックに戻り治療を続けましたが死亡しました。患者の遺族はクリニックの医師に対して,①前立腺癌の告知説明が不十分であった,②患者家族に対する告知義務を怠った過失があるとして債務不履行に基づく損害賠償請求を求め,訴えを提起したということです。
名古屋地裁は,1つ目の争点である「がんの告知および治療法等の説明義務違反」については,クリニック医師が患者に対して告知していたことが認められ,過失はなかったとしました。また,もう1つの争点の「家族への告知義務違反」については,医師が患者本人に対する説明義務を果たし,その結果患者が自己に対する治療法を選択したのであれば,医師はその選択を尊重すべきであり,かつそれに従って治療を行えば,医師としての法的義務を果たしたと言えるとしました。どのような治療を受けるかを決定するのは患者本人であり,医師が患者に対して治療法等の説明をしなければならないとされているのも,治療法の選択をする前提として患者が自己の病状等を理解する必要があるからということです。さらに近親者へ告知する必要はないと考えるのが相当であるとして請求を棄却しました。