【創部の写真が,「要配慮個人情報」に該当する場合や,患者の容姿や姿態が含まれている場合では,同意が必要となる。その際は,できるだけ書面による同意を得ておくこと】
ご質問①ないし③への回答をする前に,基本的な事柄を整理しておきます。
本件の客体は,「創部の写真」です。「創部の写真」は,それ自体が「個人情報」に該当する場合と,他の情報と一体として「個人情報」となる場合があります。たとえば,創部が顔にあるような場合に顔の写真を撮影すれば,当該写真だけで「特定の個人」を識別することが可能です。したがって,この場合は「創部の写真」だけで「個人情報」になります。これに対して,顔などの容貌に該当しない腕や足の「創部の写真」であれば,それ自体で「特定の個人」を識別できません。しかし,電子カルテの一部として保存すれば,当該電子カルテが「個人情報」に該当しますから,この場合の「創部の写真」も個人情報を構成することになります。なお,患者の疾病がきわめて症例が少なく,創部の写真で個人を特定できるような場合は,それだけで「個人情報」になります。
ア プライバシーの権利
プライバシーの権利は,「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」(東京地方裁判所昭和39年9月28日判決)と言われています。なお,最近では,“個人に関する情報を自らコントロールする権利”にとらえなおそうとする考え方が有力となっています。このようにプライバシーの権利は,自分の私生活(最近の有力説では,「自分に関する情報」)を他者が勝手に公開することを拒否する権利ですから,他者が公開しようとするときは本人の同意を得なければならないことになります。「創部の写真」は,患者本人の情報ですから,プライバシーに係る情報と言えます。
イ 肖像権
肖像権は,自己の容貌,姿態をみだりに撮影されない,及びこれらをみだりに公開されない権利を言います(最高裁判所平成17年11月10日判決,東京地方裁判所令和3年1月18日判決など)。「創部の写真」が,患者の顔などその容貌や姿態を含んでいる場合は,肖像権が問題となります。この場合は,患者本人の同意がなければ,撮影したり公開したりすることはできません。
ウ 自己決定権(インフォームド・コンセント)
自分の写真を撮影されることに同意するか否か,公表されることに同意するか否かは,患者の権利であり,これは「自己決定権」と言われています。医療側からみれば,“インフォームド・コンセント”です。以下に述べる,「個人情報の保護に関する法律」(以下,「個人情報保護法」)も,この自己決定権をふまえて,「公表」「通知」等を規定しています。
エ 各権利に適用となる法律
プライバシーの権利の対象である私生活に関する情報も,肖像権の対象である写真も,患者個人に係る情報なので「個人情報」になります。「個人情報」については,個人情報保護法が適用になります。
ア 事業者における個人情報の適切な取扱いと「要配慮個人情報」
個人情報保護法は,個人情報が社会的に有用であることを認めつつ,他方で個人の権利利益を保護することを目的としています(同法第1条)。つまり,「個人情報」を単に秘密として守るのではなく,その利用を前提として,「個人情報」を取り扱う事業者に適切な取扱いを求めるものです。そのため,すべての「個人情報」の利用について本人の明示の同意までは要求せず,利用目的を事前に公表するか,又は通知等で足りるとしています(同法第18条)〔第三者への提供については,原則として本人の同意が必要です(同法第23条)。プライバシーの権利に関する,前述の「(2)ア」をご参照下さい〕。
ただし「個人情報」が,「要配慮個人情報」に該当する場合は,原則として患者本人の同意を得なければなりません。「要配慮個人情報」とは,本人に対する不当な差別,偏見そのほかの不利益が生じないように,その取扱いに特に配慮を要する「個人情報」のことです。医療の分野では,病歴や診療情報が対象となります(個人情報保護法施行令第2条)。
「創部の写真」が,特定の疾病等に関するもので,それが社会的差別や偏見を生じさせるものであるときは,「要配慮個人情報」に該当します。
この点について,厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(以下,「ガイダンス」)では,「患者が医療機関の受付等で,問診票に患者自身の身体状況や病状などを記載し,保険証とともに受診を申し出ることは,患者自身が自己の要配慮個人情報を含めた個人情報を医療機関等に取得されることを前提としていると考えられるため,医療機関等が要配慮個人情報を書面又は口頭等により本人から適正に直接取得する場合は,患者の当該行為をもって,当該医療機関等が当該情報を取得することについて本人の同意があったものと解される」(ガイダンス23頁)としています。
イ 「創部の写真」に患者の容姿,姿態が含まれる場合
「創部の写真」に患者の容姿,姿態が含まれる場合は,肖像権が問題となります。この場合は,写真撮影に際して,本人の同意が必要になります。
(答1)まず,「創部の写真」を治療という目的のために利用することは,「利用目的が明らか」な場合に該当します。したがって,公表,通知は原則として不要です(同法第21条4項4号)。ただし,ガイダンスでは,その場合でも患者には公表,通知することを勧めています(ガイダンス21頁)。
「創部の写真」が,「要配慮個人情報」に該当する場合は公表,通知では足りず,患者本人の同意が必要です。ただし前述の通り,ガイダンスによれば,患者が問診票等に病状等を記載し,保険証とともに受診を申し出る場合は,本人の同意があったものと解されます。ただ,「創部の写真」撮影は,受診申し出後に行われ,MRIやCTと異なり創部の写真撮影を患者が治療の一環として通常想定しているかというと,必ずしもそうとは言いきれない面があります。そうすると,問診票を自ら記載して提出したからといって,それで直ちに創部の写真撮影に同意したとは言えないでしょう。少なくとも,患者が創部の写真撮影を行われることを知っているか,予想していることが必要と思われます。患者が,それを知っていない,あるいは予想していないときは,同意が必要になります。
また,「創部の写真」に患者の容姿,姿態が含まれている場合は,肖像権が問題となりますから,同意が必要です。
以上の通り,公表や通知で足りる場合,同意があったものと解される場合,個別に同意が必要な場合,があります。
(答2)写真撮影に関する同意があった場合,口頭のみで処理すると,後日,同意の有無があいまいになります。そこで,書面やデータで,同意に関する情報を残しておくことが望ましいでしょう。必ずしもカルテに記載しなければならないというわけではなく,個別に書面に残しておくことでも問題はありません。なお,手術に際しては,患者に対して事前に説明を行いますが,通常,書面で行います。そのときに,写真撮影についての同意を書面でもらうことも考えられます。
(答3)患者に判断能力があり文書の意味を理解できる場合ならば,文書を渡して読んでもらい,その上で異議の申し出がなければ,個人情報保護法上は原則として問題はありません。
次に,文書の内容について検討します。個人情報を取得する際は,利用目的をできるだけ特定する必要があります(同法第17条)。「必要時に写真撮影を行います」だけでは,利用目的が記載されていません。少なくとも「治療に必要な場合に」という文言を加えましょう。また,「写真撮影を行います」だけでは,何を撮影されるのか,患者にはわかりません。ある程度,撮影部位等を特定する必要があります。最低限,「治療に必要な場合に,創部の写真撮影を行います」程度は記載しましょう。ただし,患者の容貌,姿態が含まれる場合は,その旨も伝えて同意を得る必要があります。
前述の通り,入院時や手術の説明に際して,個人情報などの同意を書面で得ることは,通常行われていることです。写真撮影の同意のためだけに時間を割くのは大変ですが,入院時や手術の説明に際して,ついでに同意を得るのであれば,それほどの手間ではないでしょう。患者に同意の内容を確認したり,後日の紛争を避けたりするためにも,できるだけ書面による同意を得ましょう。口頭による場合は,必ずカルテ等にその内容を記載しておきましょう。
【回答者】
吉岡譲治 アンカー法律事務所弁護士