株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)のメカニズムは?

No.5122 (2022年06月25日発行) P.52

杉本俊郎 (滋賀医科大学総合内科学講座教授)

登録日: 2022-06-23

最終更新日: 2022-06-21

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

83歳女性。腰痛で歩行困難となり,入院しています。入院時の血清ナトリウムが113mEq/Lと低値で,抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone:SIADH)の症例です。2009年から関節リウマチで通院治療をしていましたが,歩行困難となり,入院となりました。入院した際の検査結果では,頭部CT,胸部XP,胸部CT,腹部CTの異常所見(−),腰椎XP,腰椎CTで第一腰椎破裂骨折を認めました。
血液検査の成績は,以下の通りです。

CRP 0.14mg/dL,Tp 6.6g/dL,Alb 317g/dL,ALT 19U/L,LDH 200U/L,AlP 240U/L,γ-GTP 17U/L,TBil 1mg/dL,BUN 14mg/dL,Cr 0.27mg/dL,Na 113mEq/L,K 2.6mEq/L,Cl 69mEq/L,Ca 8.7mg/dL,P 2.4mg/dL,BS 136mg/dL,WBC 6400/μL,RBC 422万/μL,Hb 12.7g/dL,PL 28.3/μL,TSH 2.629μIU/mL,FT3 2.34pg/mL,FT4 1.51ng/dL,血清浸透圧 234mOsm/L,尿中浸透圧 530mOsm/L,尿中Na 77.0mEq/L,ACTH 56.3pg/mL,コルチゾール 17.8μg/dL,抗利尿ホルモン 4.1pg/mL,Hbs抗原(−),HCV抗体(−),尿所見異常なし。

入院時の経過についてですが,第一腰椎破裂骨折が原因と思われる腰痛により,当初はほぼ寝たきりでしたが,食事はとれていました。その後,微熱が続き,食事がとれなくなりました。
X月18日のデータは,以下の通りです。

CRP 1.07mg/dL,BUN 19.3mg/dL,Cr 0.27mg/dL,Na 108mEq/L,K 2.1mEq/L,Cl 58mEq/L,WBC 9700/μL,Hb 13.6g/dL,Neutro 86.3%。

尿沈渣がRBC 50~99/HPF WBと多数のため尿路感染症を考え,セフトリアキソンを投与しました〔X月19日の抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone:ADH)は8.4pg/mL〕。この頃から不穏や不眠が出現し,全身の振戦がみられるようになりました。点滴を続け,X月31日頃には状態が改善し,X+1月8日からは食事もとれるようになりました(X月31日のADHは1.5pg/mL)。

そこで質問です。
①SIADHの原因として,一般的には悪性腫瘍,肺感染症,薬剤,中枢神経系の異常などが挙げられていますが,この症例の場合は明らかに上記の原因は考えにくいと思います。SIADHのメカニズムについて,ご教示をお願いします。
②不穏や不眠,全身の振戦などの症状は,SIADHと関係がありますか? あるとすれば,その場合のメカニズムについてご教示下さい。
(秋田県 F)


【回答】

 【悪性疾患・肺疾患・薬剤のみならず,疼痛や悪心・嘔吐等のストレスが抗利尿ホルモンの分泌を引き起こすことがある】

まず,ご質問①について,本例は,低ナトリウム血症(113mEq/L)にもかかわらず,尿の浸透圧が高い(530mOsm/L。通常,ADHが作用していない尿の浸透圧は100mOsm/L未満)ことから,水利尿不全の病態であると考えます。

さらに,低ナトリウム血症にもかかわらずADH濃度が測定可能(4.1pg/mL)なことと,尿中Na排泄濃度(77.0mEq/L)が高く有効循環血漿量の減少が伴っていないと考えられることから,ご指摘のように,血漿浸透圧が低下しているにもかかわらず不適切なADHの分泌が生じているSIADHの病態であると判断できます。

血漿浸透圧の上昇や有効循環血漿量の減少を伴わない不適切なADHを引き起こす病態としては,ご質問にございますように,悪性腫瘍,肺感染症,薬剤,中枢神経系の異常等がありますが,疼痛や悪心・嘔吐等もADHの分泌を引き起こすことが知られています1)2)。ご質問の症例は,「寝たきりになるほどの強い腰椎破裂骨折からの疼痛があると考えられ,この疼痛により非浸透圧的なADHの分泌をきたした」のではないかと,私は考えます。

なお本例には,SIADH以外にも,低ナトリウム血症を増悪させる要因があると思います。本例は比較的高度の低カリウム血症(2.6mEq/L)を認めており,細胞内からのカリウムの流出に伴う,血中のナトリウムの細胞内への移行がみられます。

さらに,食事摂取不良は,尿中への溶質(尿素等)排泄低下による,尿中への自由水の排泄低下を伴います。もし,疼痛により,非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)の使用があれば,腎髄質の血流低下による尿稀釈障害も,低ナトリウム血症の発症に寄与すると考えます。

このように,高齢者には種々の病態が関与して,低ナトリウム血症の発症・増悪がみられると考えられています3)

次に②についてですが,低ナトリウム血症は急性期のみならず,発症から72時間を経た慢性期においても,脳浮腫に伴う中枢神経症状が存在するという考え方が近年主流となっております(無症候性低ナトリウム血症という病態は存在しません)3)4)

さらに,ご質問の症例において,併発した尿路感染症(腎盂腎炎の可能性が高く,高齢者の腎盂腎炎はせん妄を伴いやすい)の影響もあると思いますが,入院時の慢性的な低ナトリウム血症がさらに増悪(113mEq/Lから108mEq/Lへ)したこと(acute on chronic hyponatremia)により脳浮腫が発症し,不穏・不眠といった中枢神経症状が出現した─つまり,“hyponatremic encephalopathy(低ナトリウム血症性脳症)”が増悪したのではないかと,私は考えます4)。hyponatremic encephalopathyにより中枢神経症状が悪化したときに,私は,高張食塩水(3%NaCl液)投与により脳浮腫を改善させる治療を行っております〔血清ナトリウム濃度を1日で5mEq/L程度上昇させます。ただし,本例は低栄養と低カリウム血症があり,低ナトリウム血症補正による浸透圧性脱髄症候群(osmotic demyelination syndrome:ODS)発症のリスクが高いので,慎重に投与すべきです〕4)

また,振戦に関してですが,PubMedで“hyponatremia AND tremor”で検索いたしましたが,肝性脳症が低ナトリウム血症で悪化した例や,Na補正後のODSに伴う例しかヒットせず(2022年3月30日時点),hyponatremic encephalopathyの症状かどうかは不明です。

本例は低カリウム血症が存在しており,代謝性アルカローシスによるアルカレミアが併発している可能性があります。アルカレミアでは血中のイオン化カルシウム濃度の低下がみられることから,本例はテタニーによる振戦をみていた可能性があるのでは,と私は考えます。

追記)本回答を提出した後,大腸ファイバー検査翌日に急性低ナトリウム血症の発症とともに振戦が出現し,高張食塩水投与による血清ナトリウム濃度補正後に振戦が消失した症例を経験しました。

【文献】

1)Moritz ML, et al:N Engl J Med. 2015;373(14): 1350-60.

2)Kamoi K, et al:Endocr J. 1997;44(2):311-7.

3)Berl T:Clin J Am Soc Nephrol. 2013;8(3):469-75.

4)Achinger SG, et al:Crit Care Med. 2017;45(10): 1762-71.

【回答者】

杉本俊郎 滋賀医科大学総合内科学講座教授

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top