政府が閣議決定した骨太方針2022では、医療DXの推進が柱の1つとして盛り込まれた。新型コロナウイルスの感染拡大で、医療現場のデジタル化は喫緊の社会的課題となっているが、中でも一刻を争う救急救命現場ではICTの活用が求められている。救急医療における「たらい回し」解消のため医療機関と救急隊の連携を円滑にする「Smart119 救急時情報システム」や災害時の医療提供体制構築に役立つ「respon:sum(レスポンサム)」を開発したSmart119代表の中田孝明千葉大大学院救急集中治療医学教授に話を聞いた。
医学部を卒業後、救急医・集中治療医として診療に携わり、研究者としても新しい治療を生み出し多くの人を助けたいという思いで仕事をしてきました。しかし現場の医療には臨床や研究をしているだけでは解決できない課題があると感じるようになり、テクノロジーや柔軟な発想で現場の抱える課題を解決することを目指して2018年にSmart119を立ち上げました。
夜間に病院の近くで多重事故が発生したことがありました。人手が足りず、緊急手術も必要という状況で、電話やメールで医療スタッフを集合させることに非常に苦労しました。電話では連絡自体に時間がかかり、メールも確認に手間がかかります。スタッフが集合してからも容体など状況説明が必要で、一刻を争う中、治療よりも業務連絡に時間を費やさなくてはいけないことにもどかしさを感じていました。
最初に開発したのが、スマートフォンを使って集合や待機が要請でき、簡単にレスポンスできる仕組みである「アキュート・ケア・エラステック・システム(ACES)」です。ACESは千葉大附属病院と大阪府泉州救命救急センターで2年間の実装検証を行い、ICTの活用により受け入れ態勢を迅速に整え多くの人の命を救うことが可能になると強く実感しました。そうした流れの中で、たらい回しの解消を目指し、医療機関と救急隊のスムーズな連携を可能にするシステムの構築に取り組んだのです。
救命救急の現場でもっとも重要なのは情報共有です。医療機関が急患の情報を正確かつ素早く把握できれば、救急隊の搬入先決定も早くなります。このシステムを開発するには、救急隊との連携が必須で莫大な費用がかかります。そこで開発費用を捻出するために、日本医療研究開発機構(AMED)の研究費に公募し、「救急の現場をより早く、楽しく」という有用性が認められ研究費を獲得できました。
Smart119では119番通報を受けた消防職員が読み上げた通報内容を音声認識入力し、救急隊のタブレットに転送されます。救急隊はバイタルや容体のみをタップ入力し、複数病院に一括で受け入れ要請を行うことが可能です。病院では受け入れの可否や専門医の手配など態勢構築ができ、たらい回しの解消につながります。2020年から千葉大と千葉市消防局とともに実証実験を行い、正式に千葉市に導入されました。山梨県、札幌市でも導入を検討いただいています。
レスポンサムは医療機関に特化した災害時に対応できる情報システムです。大規模災害や感染症のパンデミックが発生した場合、医療機関がなすべきことはBCP(事業継続計画)に対応できるようスタッフの安否確認をすることです。医療機関は診療を継続しなくてはいけないので、何分で到着できるかを1クリックで返答できる機能も搭載しています。災害時には適切な人員配置がとても重要ですが、そのスタッフのキャリアやスキルが分からないと難しい。従来はホワイトボードや付箋で配置部署図などの情報共有をしていましたが、救護所や医療班構成、配置部署などの情報を災害本部で一元管理できるようになっています。
新型コロナのパンデミック以降は、院内クラスターの発生防止という観点から、スタッフの健康管理ツールとしての活用も進んでいます。ワクチンの先行接種が始まった当初は、副反応の情報が乏しく、接種後の体調変化を見極める必要がありました。そうした中で「予防接種後項目」という機能を追加し、詳細な体温情報を収集することで院内濃厚接触者候補をピックアップすることが可能になりました。接種後の体調変化についても細かく把握できるようになり、スタッフの健康管理業務の効率化と院内感染リスクを下げることにつながります。
千葉県の医療整備課の担当者から「二度と繰り返さない仕組みを作ってほしい」という要請がありました。情報共有が徹底できていればあのようなことは起きなかったと思います。医療者にとっては本当に痛恨でした。そこで「COVID-CO(COVID19コーディネーションシステム)」というシステムを3週間で作り上げました。妊婦さんの救急搬送では情報共有がとても重要なので、新型コロナと関係がなくても頻繁に使われています。多くの人の安全に貢献できるのは医療者として何にも代えがたい喜びです。今後もICTの力を活用して、医療の効率化と質の向上につながるサービスを開発していきたいと考えています。(聞き手:土屋 寛)