日本では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行,第7波が進行中であるが,累計のCOVID-19の感染者数は,欧米に比べかなり少ない(図1)。2022年8月19日時点で,日本の感染者は人口100万人当たり,13万4000人(13.4%),フランスは50万9900人(51%)であり,感染者の割合でみると約4倍の差がある。注意すべきことは,世界から“優等生”といわれ,日本よりも感染者の割合が少なかった韓国とオーストラリアで,2022年1月からのオミクロン株出現により,患者数が激増し,それぞれ人口の43%と38%が感染者となったことである。日本でも大規模な流行がありうることを覚悟する必要があり,今後,韓国やオーストラリア並みに,人口の40%の感染者数に達する可能性もある(日本の人口の40%は5000万人)。
前出のデータは各国の届出患者数であるが,欧米諸国では最近,患者数の全数把握は中止しているので,感染者数は抗体保有率で比較するのが適切である。抗体保有率は,抗ヌクレオカプシド(N)抗体および抗スパイク(S)抗体を測定した結果で報告1)されているが,抗N抗体はウイルス感染のみで誘導され,抗S抗体はウイルス感染とワクチン接種により誘導される。したがって,感染者数は抗N抗体の有無で推定することができる。
抗N抗体の保有状況と過去のCOVID-19の診断歴を用いて,日本の感染者割合(20歳以上)を算出した報告では,2021年12月と2022年2月での感染者割合は2.5%と4.3%で,きわめて低い結果であった1)。一方,抗S抗体の保有割合は,どちらの調査においても90%以上を示した。
欧州,イングランドでの17歳以上の抗体保有率を調査した報告を見ると,抗N抗体は,2022年3~5月の期間では58.4%,抗S抗体は99.6%であった。6~7月の期間では,それぞれ68.6%と99.7%であった2)。
抗S抗体の保有割合では,日本とイングランドとの間に大きな差はないが,抗N抗体をみると明らかに差がある。イングランドでは,2022年3月時点で人口の58%が感染し,7月時点で70%が既に感染している。なお,米国の2月時点の抗N抗体の保有割合も,イングランドと同じ58%であった3)。日本の2月時点の感染率はわずかに4.3%で,イングランドや米国とは10倍以上の差がある。
欧米は,マスク着用義務も日常行動の制限も廃止し,出入国制限もないが,それは,大多数の国民がCOVID-19感染を経験して既に免疫を獲得し,一定の集団免疫があると判断しているからと思われる。それに対して日本では,ワクチン接種率を反映した抗S抗体の保有割合は欧米と大差はないが,感染者の割合が圧倒的に低い。
日常生活の制限を日本も欧米並みに解除すれば,COVID-19感染者数は急増し,今までに経験したことのない多数の死亡者が出る可能性がある。
欧米では,COVID-19感染者が日本よりもはるかに多いが,実際の死亡者数はどうか。COVID-19死亡者数は,各国の医療事情の影響は受けるが,COVID-19の感染状況を正確に反映すると思われる。感染者数について,最近では全数把握を中止した国が多くなり,信頼性は低下した。
日本は,人口100万人当たりのCOVID-19累計死亡者数が294人(2022年8月19日時点,以下同)。総人口が1億2500万人とすると,累計で3万6750人の死亡者数となる。韓国の人口100万人当たりの累計死亡者数501人を日本の人口に換算すると,6万2625人となる。韓国やオーストラリア(514人)のような“優等生”諸国でも,日本の倍近いCOVID-19死亡が出ているが,これらは,ほとんどが2022年1月からのオミクロン株流行時の死亡である。筆者は以前から指摘してきたが,これは「オミクロン株は軽症である」ことが誤りであることを示している4)。
一方,英国,フランス,米国など,欧米諸国の死亡者数となると,日本の人口に換算すれば30万~40万人の死亡となり,欧米では日本(3万6750人)のおよそ10倍の甚大な被害が発生したことがわかる。
欧米と日本とを,抗N抗体をもとに比較すると,欧米のCOVID-19感染者数は日本の約10倍であった。欧米諸国の死亡者数は,結果として日本の10倍前後であったが,一方では一定の集団免疫を獲得することとなった。現時点(2022年)において,欧米諸国では感染者,死亡者数ともにマイルドな増加となっている。
日本が欧米諸国と同じように日常生活の制限や出入国制限を撤廃すれば,世界の“優等生”と言われた韓国,オーストラリアなどが,本年(2022年)初頭に経験したような,患者数,死亡者数の急速な増加に直面する可能性が高い(図1・2)。
COVID-19感染による免疫を持つ国民の割合が,欧米の10分の1の日本では,一定の行動制限と出入国の制限は必要であると筆者は考えている。安全なwith coronaの社会に向かうには,効果の低下した現在のワクチンでは限界があり,ニルマトレルビル・リトナビル(パキロビッド®),モルヌピラビル(ラゲブリオ®)などの経口抗ウイルス薬を使用した早期治療を確立すべきと考える。そうすれば,COVID-19感染が拡大しても,急激な死亡者数の増加に直面することなく,多くの日本国民は感染から回復することができ,一定の集団免疫を獲得できると考えられる。日本を代表するウイルス学者が「日本がソフトランディングするには,経口抗ウイルス薬の普及が必要」という意見を述べていたが,筆者も賛成である。
COVID-19の経口抗ウイルス薬が,日本では十分に使われていないのは問題である。現状では,COVID-19を発症した場合,高齢者やハイリスク患者が経口抗ウイルス薬治療を受けたいと思っても,スムーズに処方を受けることは困難である。実際,高齢者施設でのクラスターが毎日のように報道されているが,経口抗ウイルス薬の内服なしに重症化している施設もある。
厚生労働省は,経口抗ウイルス薬を必要とする患者にはパキロビッド®,あるいはラゲブリオ®を積極的に処方することを支援しているが,経口薬の普及には,まず臨床現場の多くの医師が,パキロビッド®,またはラゲブリオ®登録センターに登録することが望まれる。
対照的に,米国では高齢者やハイリスク患者に対して,政府もマスコミもパキロビッド®で治療することを積極的に勧奨している。最も重要な重症化(入院または死亡のリスク)防止効果は,パキロビッド®89%,ラゲブリオ®30%と,大きな差が報告されているからである6)。米政府は「COVID-19の薬は,医師,地元の薬局,診療所で入手できるようになりました。COVID-19の症状があり,検査で陽性となった場合は,治療を受けるまで待たないで下さい。最初のCOVID-19症状から5日以内に経口COVID-19薬を服用する必要があります」と国民に呼びかけている5)。バイデン米大統領がCOVID-19に感染したとき,パキロビッド®で治療したことも報道された。
経口抗ウイルス薬は,高齢者や基礎疾患を有するハイリスク患者に適応があるが,発症5日以内で,しかも軽症~中等症患者であることが条件である。米国では莫大な死亡者が出たこともあり,重症化防止効果の高いパキロビッド®が広く使われているが,日本では逆にラゲブリオ®の使用が多い。
パキロビッド®は,薬剤との相互作用が問題になり,たとえば多くの高齢者が服用しているカルシウム拮抗薬やスタチンなどとの相互作用が懸念され,日本では処方が敬遠されている面がある。欧米諸国では,簡明なチェックリストの提供7)や,ウェブでのチェックシステムの作成により,相互作用問題に対応している。
さらに米政府は,Test to Treatプログラムにより,COVID-19経口抗ウイルス薬治療への迅速で簡単なアクセスを提供している。全米に数百箇所あるTest to Treatサイトでは,検査を実施した際,陽性で,さらに薬剤師に重症化リスクが高いと判断された場合は,COVID-19の経口治療薬であるパキロビッド®などの処方箋を発行し,受診したその場で,診断・治療が可能となる。しかもすべて無料である5)。
COVID-19大流行の最中にあり,死亡例が急増している日本では,今はワクチン接種を勧奨する時機ではない。重症化防止効果のあるパキロビッド®,あるいはラゲブリオ®により,高齢者,ハイリスク患者の経口抗ウイルス薬治療を推進する時機である。
2020~21年シーズンは,日本のみならず,世界各国でもインフルエンザ流行はなかったが,咋シーズン(2021~22年),北半球では,COVID-19流行と同時にインフルエンザ流行が戻ってきた。また南半球のオーストラリアでは,2022年5月から8月まで,A香港型(H3N2)インフルエンザの大きな流行があった8)。
米国では,2021年末からインフルエンザが増加し,“The Flu Makes an Unwelcome Comeback as Omicron Surges(オミクロン株急増と同時に,インフルエンザが歓迎されない復帰を果たす)” と報道され,欧州では,フランス,スウェーデンなどで比較的大きな流行となった。これら欧米諸国の流行は,A香港型(H3N2)によるものであった。
2シーズン連続して,まったくインフルエンザ流行のなかった日本ではあるが,2022年後半からの今シーズンは,インフルエンザ流行に特に警戒が必要である。日本感染症学会からも,インフルエンザ流行に備えてワクチン接種を勧奨する提言が出された9)。
欧州諸国では,2021年末から2022年の春にかけて,A香港型(H3N2)インフルエンザとCOVID-19が同時流行した(図3)。日本でインフルエンザが一度流行すれば,患者数は600万~1200万人程度に達するので,現状の発熱外来に,COVID-19とインフルエンザ診療を任せることは不可能と思われる。万が一,同時流行が起こった時には,今よりもさらに多くの病院やクリニックで発熱患者の診療を引き受けないと,患者への適切な治療は不可能となる。同時流行の際には,まずインフルエンザ迅速診断とコロナ抗原検査で鑑別し,インフルエンザが陽性であればノイラミニダーゼ阻害薬で全例を早期治療,COV ID-19が陽性であれば,特に高齢者とハイリスク群には経口抗ウイルス薬で早期治療となるのが望ましい。
日本政府は現在,パキロビッド®で200万人分,ラゲブリオ®で160万人分の治療量を確保しているが,2022年7月31日時点でパキロビッド®の治療を受けたのは,わずか2万人,ラゲブリオ®においても31万人に過ぎない10)。
今後,日本においても欧米と同様に行動の制限や出入国制限を撤廃した場合,CO VID-19による高齢者を中心とした死亡者が急増する可能性がある。しかし,これを防止し安心感を持ってwith coronaを進めるためには,ワクチンの勧奨ではなく,米政府が積極的に取り組んでいる経口抗ウイルス薬,特にパキロビッド®による早期治療を日本でも確立すべきである。
【文献】
1)厚生労働省, 国立感染症研究所:2021年度新型コロナウイルス感染症に対する血清疫学調査報告, 2022.
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000934787.pdf
2)UK Health Security Agency:COVID-19 vaccine surveillance report Week 31. 2022.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1096327/Vaccine_surveillance_report_week_31_2022.pdf
3)Clarke KEN, et al:MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2022;71(17):606-8.
4)菅谷憲夫:医事新報. 2022;5114:32-6.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=19474.
5)Services USDoHH:How Test to Treat Works for Individuals and Families, 2022.
https://aspr.hhs.gov/TestToTreat/Pages/process.aspx.
6)日本感染症学会:COVID-19に対する薬物治療の考え方 第13.1版, 2022.
https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_drug_220218.pdf.
7)FDA:PAXLOVID Patient Eligibility Screening Checklist Tool for Prescribers,2022.
https://www.fda.gov/media/158165/download
8)菅谷憲夫:医事新報. 2022;5124:34-8.
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=19808
9)日本感染症学会:2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について(医療機関の方々へ), 2022.
https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=47
10)厚生労働省:新型コロナウイルス感染症治療薬の使用状況(政府確保分)について, 2022.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00324.html