がん患者の生存率改善に伴い、がん治療の「心毒性」に注目が集まるようになった。「昨日のがんサバイバーは今日の心不全患者」と評するレビューまで現れた[Booth LK, et al. 2022]。
このようながん治療関連心機能障害(cancer therapy-related cardiac dysfunction:CTRCD)に対してはさまざまな心保護薬を用いた予防・治療効果が検討されてきたものの、いまだにランドマークとなるようなランダム化比較試験(RCT)は報告されていない。
そのような状況の中、最新のRCTメタ解析が2月18日、BMCグループのCardio-Oncology誌に掲載された[Mir, et al. 2023]。概要を紹介したい。
メタ解析の対象となったのは2022年1月までに公表されたプラセボ対照RCTのうち、(1)がん化学療法による心毒性に対し、(2)β遮断薬、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬、スタチンを用い、(3)左室駆出率(EF)、または心不全症状、BNPかトロポニン濃度を評価―した33試験(3285例)である。
化学療法として最も多かったのはアントラサイクリン系で、癌種は乳癌が最多だった。
観察期間は1カ月未満から120カ月までバラツキがあり、最も多かったのは6カ月間だった。
EFを評価した31試験を併合解析すると、単剤でプラセボに比べ有意な改善を認めたのは、改善率の大きい順に、
①スピロノラクトン(群間差平均:12.8%、1比較[43例服用])、②エナラプリル(7.62%、6比較[250例])、③ネビボロール(7.30%、1比較[27例])、④スタチン(6.72%、3比較[72例])、⑤ビソプロロール(5.72%、1比較[31例])、⑥ペリンドプリル(5.27%、2比較[101例])、⑦カルベジロール(2.54%、13比較[597例])―となった。
上記以外のACE阻害薬(ラミプリル:1比較[48例]、リシノプリル:1比較[158例])とβ遮断薬(メトプロロール:5比較[173例])、さらにARB(カンデサルタン:3比較[170例]、テルミサルタン:1比較[25例])では、プラセボ群と有意差を認めなかった。エプレレノン(1比較[22例])も同様である。なおスピロノラクトンとエプレレノン間でこのような大きな差が生じた理由に関心が向くが、原著者は考察していない。
次に薬剤クラス別で比較すると、プラセボに比べ有意なEF改善を認めたのは、①スタチン(群間差平均:6.72%、3比較[72例服用])、②アルドステロン拮抗薬(6.58%、2比較[65例])、③ACE阻害薬(5.36%、11比較[588例])、④β遮断薬(3.05%、20比較[828例])―の4種類だった。
ARBは、ACE阻害薬と同じくレニン・アンジオテンシン系抑制薬に分類されるものの、EFの有意改善は認められなかった(4比較[195例]、改善幅:2.27%、95%信頼区間:-0.80~5.33) 。
ただしこのメタ解析におけるIスクエア(バラツキ指標)は98.3%と極めて高い。結果の信頼性には疑問がつく点には留意が必要だろう。
本メタ解析はどこからも資金提供を受けておらず、著者らに申告すべき利益相反はないという。
なお本解析でEF改善作用が著明だったスタチンとアルドステロン拮抗薬は、悪性リンパ腫例を対象に、その併用追加によるEF改善作用をβ遮断薬・ACE阻害薬併用のみと比べるランダム化試験"ATACAR"が、2024年末終了を目指して患者登録中である(目標40名)[ClinicalTrial. gov]。
患者登録開始が2020年9月だったことを考えるとかなり患者登録がスローにも思える。しかしCTRCDに対するカルベジロールの心保護作用を検討したRCT"CECCY"が2018年米国心臓病学会(ACC)で発表された際、報告者のMonica Samuel Avila氏(サンパウロ大学、ブラジル)が語った言葉を紹介しておきたい。いわく、「がん病棟で循環器専門医が臨床試験を行うのは非常に大変」(J-CLEAR通信第92回:学会レポート─2018年米国心臓病学会)。