政府が本腰を入れて医療DXを推進する中、ICTを活用した高機能な医療機関向けシステムが次々に登場している。中でも注目されるのは、クラウドの普及によって、大容量データの安全なやり取りが可能になった画像共有システム。連載第37回は、ワンクリックで高画質の超音波検査画像や動画を各種デバイスに送信できるクラウド型画像共有システムを活用し、胎児健診に積極的に取り組む産婦人科クリニックの事例を紹介する。
よりおか胎児クリニックは、日本一の高さを誇る複合ビル「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)の21階にある産婦人科クリニックだ。院長の依岡寛和さんは関西医大を卒業後、同大附属病院で産科医長、講師とキャリアを重ねた。2005年には、産科医や新生児科医、小児科医、小児脳神経外科医などが所属する同大総合周産期母子医療センターの立ち上げに携わり、大阪府の周産期医療を支える高度医療機関で超音波検査のスペシャリストとして活躍。2022年9月に同院を開業した。
「総合周産期母子医療センターでは、重症の患者さんや命に関わる救急搬送に日々対応するなど大きな責任感とともにやりがいを感じていました。ただ、私の専門である超音波検査の結果を患者さんに説明している最中に、緊急手術が入り、目の前の不安なご家族を残してその場を離れなくてはならないケースに直面することもありました。大学病院ならではの教育や研究に携わり、経営面の勉強もできる環境は魅力的ではありましたが、『もっと患者さんに寄り添った臨床をやりたい』という思いが強くなり、開業を決意したのです」(依岡さん)
同院の特徴は、出産は扱わず、胎児の超音波検査をメインに婦人科診療や妊婦健診を行う胎児クリニックというコンセプトを掲げている点にある。特に力を入れているのが「胎児ドック」。妊娠12週、20週、30週に約50項目にわたる診察を行う。初期は、くびのむくみ(NT)などを測り、ダウン症や18トリソミー、13トリソミーなど染色体異常のリスクを計算する。胎児ドックを行うメリットについて依岡さんはこう語る。
「出産までの間、お母さんは赤ちゃんが健康かどうか常に心配です。ほとんどの場合は無事に生まれますが、通常の妊婦健診では1分くらいエコーを当てて確認する程度しかできないのが実情です。胎児ドックで時間をかけて丁寧に検査していくことで、ダウン症などの可能性を早い段階で見つけることができます。染色体を調べなくてもエコーで見つけられる病気は多い。20週で見つかる病気は生まれた後に治療できるものも多いので、出産までに精神的・物理的な準備をできる時間が取れるというメリットはとても大きいと思います」
依岡さんは、「胎児ドックでは病気や異常が見つかった赤ちゃんのフォローを行う医療連携が重要」と指摘する。同院では、JTP株式会社が提供する医用画像共有サービス「Tricefy」(https://www.jtp.co.jp/jp-doc-download/tricefy/)を活用し、大学病院やナショナルセンターをはじめとする高度医療機関の小児循環器外科や形成外科などと連携、出産後すぐに手術や治療に入る体制を整えることを重視している。
「早い段階でその病気に強い医療機関にデータを共有できるので、受け入れ側が準備をしっかりできるという効果もあります。また口唇口蓋裂の場合などは形成外科を紹介することになりますが、時間に余裕があればお上手な先生に紹介でき、万全な形で手術に臨んでもらえる体制を整えることが可能になります。かつてはCDに焼いて郵送していましたが、今ではリアルタイムで画像を共有できます。Tricefyは胎児ドックの効果を高めてくれる有用なサービスです」
Tricefyは米国のトライスイメージングが開発したサービスで、現在世界43カ国で展開。「遠隔地の医師による診断支援機能」「患者との画像データ共有」「クラウドによる安全な画像保管」「端末を選ばない多様なアクセス」など医師と患者をつなぐ機能を有する。
Tricefy はGEヘルスケア「Voluson」、富士フイルムヘルスケア「iViz」などに搭載されており、機能を有効化することで簡単に利用できる。非対応機種のエコーの場合は、PCを経由してエコー画像を送信するシステム「Uplink」を使用すれば、追加費用なしで利用できるなど使用環境を選ばない点も特徴といえる。
依岡さんが高く評価する遠隔画像診断支援機能は、インターネットへの接続のみで特別な設備を必要とすることなく、相手のメールアドレスにURLを送信するだけで利用できる。リアルタイムに超音波画像が届き、受け手側は、画像や動画に対するコメントやアノテーションを記入することが可能だ。
画像共有機能では、エコーのボタン設定によりワンクリックで患者へ高画質の画像や動画を送信できる。TricefyのHP上から画像や動画を選択して送信することも可能で、患者はSMSやメールに届いたURLリンクをクリックすればデータを確認・保存できる。
「開業前に非常勤で勤務していた産婦人科クリニックで、お母さんのスマホに赤ちゃんの超音波画像を転送していて、とても喜ばれました。当院では、赤ちゃんの向きや手足の位置で顔が見えないということがないよう、時間をかけて超音波検査を行いますので、満足のいく『今日の赤ちゃん』に出会うことができます。その画像をお父さんやお祖父さん、お祖母さんに転送してもらえれば、ご家族で赤ちゃんの成長を感じることができるので、とても好評です」
画像共有システムを活用した胎児ドックを実施しているクリニックは全国でも珍しい。パイオニアともいえる同院では、沖縄県の宮古島や東京都などの遠隔地や海外赴任の一時帰国の際に受診するケースもあるなど検査を希望する妊婦が絶えない。
「超音波検査で異常が見つからなければ安心して出産準備やマタニティーライフを送ってもらえるでしょう。異常があった場合でも、準備ができればリスクは大きく減らすことができます。一人でも多くのお母さんと赤ちゃんの出逢いが素晴らしいものになるように、胎児ドックに取り組む施設が増えてほしいと願っています」