SGLT2阻害薬は左室収縮能の高低を問わず、症候性心不全例の「心不全入院・CV死亡」を抑制する。これはすでにランダム化比較試験のメタ解析でも確認されている。一方、その作用機序は必ずしも明らかでない。
そのような状況下で注目を集めているのが「ケトン体仮説」である。すなわちSGLT2阻害薬による体外への糖排出の結果、血中ケトン体濃度が上昇して心筋細胞のエネルギー利用効率は向上、それが心保護的に作用している可能性を提唱している[Ferrannini E, et al. 2016]。事実、HFrEF例の血管内ケトン体注入で左室収縮能が改善したとする学会報告もある[拙稿ADA報告]。
しかしこの仮説を、SGLT2阻害薬とプラセボを比較したランダム化比較試験は支持しなかった。4月18日付でCirculation誌に掲載された"EMPA-VISION"試験を紹介する。著者はオックスフォード大学(英国)のMoritz J. Hundertmark氏ら。
同氏らが検討対象にしたのは、心不全標準治療下の症候性の左室駆出率が「≦40%」(HFrEF)の36例と「>50%」(HFpEF)の24例である。
全体の平均年齢は68.3歳。2型糖尿病合併例は12.6%のみだった。
これら60例はHFrEF/pEF群に層別化の上、SGLT2阻害薬(エンパグリフロジン10mg/日)群とプラセボ群にランダム化され、二重盲検法で観察された。
1次評価項目は、MR評価による心筋のクレアチンリン(PCr)/ATP比である。同比は心筋エネルギー代謝状態の指標と考えられている[Neubauer S. 2000]。
しかしながら、12週間の観察期間後、SGLT2阻害薬服用に伴う心筋エネルギー代謝改善は認められなかった。
すなわち12週間後の安静時心筋「PCr/ATP比」増加幅はSGLT2阻害薬群とプラセボ群間に有意差はなく、さらに数字としてはSGLT2阻害薬群で低値傾向を示した。
この傾向はHFrEF/pEFを問わず、認められた。
また、ドブタミン負荷時の「PCr/ATP比」で比較しても同様だった。
SGLT2阻害薬は低用量に比べ高用量において2型糖尿病例の血中ケトン体濃度を上昇させるものの[Nishimura R, et al. 2019]、高リスク2型糖尿病を対象としたEMPA-REG OUTCOME試験追加解析では、同薬の高低用量間で心不全発症リスクに差はなかった。そのためHundertmark氏らは、SGLT2阻害薬服用に伴う程度のケトン体上昇では、心筋「PCr/ATP比」に影響しないのではないかと考察している。
本試験はBoehringer Ingelheimから資金提供を受けた。