手根管症候群は手根管内圧の上昇を原因とする正中神経の障害であり,最も頻度の高い絞扼性神経障害である。症例のほとんどが特発性に,もしくは透析アミロイドーシスの一症状として発症する。女性の罹患率は男性の約5倍であり,妊娠出産期と更年期(閉経後)にピークがある。特に女性では特発例が多く,両側性に発症しやすいのが特徴である。
原因としては諸説あるが,主なものとして,①手根管内圧の亢進:ホルモンバランスの変化(妊娠,出産)に伴う浮腫,屈筋腱の腱鞘炎,ガングリオンなどの腫瘍性病変,透析によるアミロイドの沈着,外傷(橈骨遠位端骨折,手根骨の骨折・脱臼),変形性手関節症,キーンベック病など,②神経自体の易損性:糖尿病,重複神経障害(double lesion neuropathy:頸椎症や胸郭出口症候群などとの合併),が挙げられる。
問診:しびれや痛みの性質を確認する。間欠性の疼痛,しびれ,夜間痛(night tingling)は急性期に特徴的な所見である。一方で,進行期では症状が持続的となる。また,職業や趣味などから手指の過度な使用がないかどうかを確認する。さらに,症状が間欠的か持続的か,背景となる基礎疾患(妊娠,出産,糖尿病,血液透析など)の有無の確認も重要である。
視診:母指球筋の萎縮の有無を確認する。筋萎縮のある症例は神経の絞扼が慢性化した重症例である。
理学所見:手根管入口部でのTinel様徴候,正中神経領域〔母指,示指,中指,環指(橈側1/2)〕の感覚障害,Phalenテスト,Perfect-Oテストといった所見を確認する。Perfect-O不能は短母指外転筋の機能不全を反映しており,この所見を認める場合はある程度進行期にあると言える。
超音波所見:超音波検査では横手根靱帯の近位側に偽性神経腫を認めることがある。また,腱鞘炎に伴う屈筋腱の腫大,ガングリオンなどの腫瘍性病変も検出可能である。
MRI検査:T2強調画像で手根管内の屈筋腱群の炎症所見やガングリオンに伴う正中神経の圧排を認めることがある。また,T2強調画像で短母指外転筋が高輝度変化をきたしている場合は麻痺による脱神経変化を反映しており,治療方針決定の一助となる。
電気生理学的検査:特徴的な病歴や自覚症状,低位正中神経障害所見から手根管症候群の診断は可能である。さらに,神経伝導速度検査や針筋電図を補助診断として用いることで重症度を判断する。
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