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不透明な指導・監査の「患者調査」にどう対応するか─健保法改正研究会シンポで討論【まとめてみました】

No.5191 (2023年10月21日発行) P.14

登録日: 2023-10-17

最終更新日: 2024-10-08

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保険医療機関に対する指導・監査の中で「患者と保険医の信頼関係を損ねる可能性がある」などの指摘がある「患者調査」への対応策について討論するシンポジウムが9月3日、都内で行われた。患者調査は実際にどのように進められ、どこに問題があるのか。指導・監査の実態に詳しい弁護士や医師からの報告・提言を紹介する。

シンポジウムは、行きすぎた指導・監査から保険医を守るため、健康保険法の抜本的見直しを求め2012年から活動を続ける健保法改正研究会が開催。会場には指導・監査制度に問題意識を持つ保険医・弁護士のほか、同研究会の副代表を務める元厚生労働副大臣の橋本岳衆院議員も詰めかけた。

患者調査は、個別指導などを実施した結果、保険医の保険診療について不正・不当が疑われる場合に対象患者から診療状況等の聴取を行うもの。指導・監査制度の改善を求めた2014年の日弁連(日本弁護士連合会)意見書は、患者調査には「調査目的を告げない」「患者に予断を与える」「質問内容が不適切」「調査結果が十分に開示されない」など数々の問題があり「患者と保険医等との信頼関係を損ねる可能性がある」と指摘している。

「指導中断・中止になれば患者調査はある」

シンポジウムの中でこの問題について発表した山本哲朗弁護士は、患者調査は個別指導の中断・中止の直後、監査に移行する前に実施され、「保険医が不適切な治療をしている」といった予断を患者に与えることで誘導された調査結果を基に調書が作られるケースがあると指摘。

患者調査の結果を弁護士などが入手できるのは、監査の結果、保険医療機関指定または保険医登録の取消処分の方針が決定した後の「聴聞」の段階だとし、不当な処分から保険医が身を守るためには患者調査の前に早く行動する必要があるとした。

「聴聞の段階で『とんでもない調査だ』と抗議しても、『意見として伺っておきましょう』という回答が出されるだけ。処分の方向が見なされることはほぼない。私たちはもっと早く動かなければならない」(山本氏)

山本氏は、具体的な対応策として、指導が中断・中止になった時には「ほぼ患者調査がある」という前提で、指導で問題となっていると考えられる患者に協力を依頼し、厚生局の調査担当者がどのような質問をし、どう回答したかを把握することを提案。

日弁連意見書に盛り込まれている「事実を適確に把握できる調査手法をとり、調査結果は保険医等に開示する」という提言が実現されない現状では、過渡的対策として患者との連携を密にすべきと訴えた。

会場からは「厚生局が調査する患者はある程度分かるものなのか。患者はこちらの聞き取りに協力してくれるのか」との質問が出され、山本氏は「個別指導では30名の患者について資料持参を求められるため、(これらの患者と調査対象の患者は)基本的に重なる。30名の中で特に信頼関係のある患者さんにお願いする形で進めていくのがいいのではないか」と回答した。

井上弁護士「30名の患者全員に依頼を」

実際に患者調査前に患者への協力依頼を行った経験を持つ同研究会代表の井上清成弁護士は、30名全員に協力依頼することを提案。「患者さんに対して『厚生局が来るから』と説明するのはドクターとしては嫌だろう。しかしリスクヘッジの問題として(受け持ち患者の全体の中で)30件という数は少ない。30人には恥をかくかもしれないが、(処分が決まって)新聞に書かれることに比べればいい。ドクターには腹を決めろと言っている。聞ける人と聞けない人が分かっていれば、セレクトして早めに手を打っている」と述べ、先手を打つことの大切さを強調。

指導の中断・中止後翌日に患者調査が行われることもあることから「(翌日に依頼しては)もう間に合わない。その辺は時間との勝負。中断・中止が起こったら即電話をかけまくるということもいざとなれば不可能ではない。現にやってみると、普通はドクターを信頼しているので、『ああそういうことですか。分かりました』と対応してくれる」と述べた。

溝部医師「状況は変わってきている」

保険医取消処分の取消を求めた裁判で勝訴(2011年6月確定)した経験を持つ同研究会事務局長の溝部達子医師(みぞべこどもクリニック院長)は、自らの裁判の際、患者調査の対象となった患者の証言を集め裁判所に提出したことを紹介。

(調査担当者は)アポイントなしに突然来る。『拷問のように聞かれて、意味も分からず答えてしまった』と言った患者さんや、涙を流して『こんなことを言って先生のためにならなかった』と言った患者さんもいた」と当時を振り返った。

患者と保険医の信頼関係に影響を与える患者調査の運用が改善されない状況においては、患者との良好な関係を日頃から築き、いざという時に積極的に患者にアプローチすることが有効と言えそうだ。

シンポジウムの中で溝部氏は、指導・監査改善のための健保法改正はなかなか実現しないものの、日弁連意見書を契機に「いろいろな意味で変わってきたことはたくさんある」とも語った。

「行政庁の広大な裁量権ですべてが決まる、人権侵害が行われている構造は変わっていない。しかし私の時は、FAXで110名くらいの患者さんのリストが来て『(全員の資料を)明日持ってきなさい』というような状況。指導・監査すべてが自白調書の強要のようだった。いまは例えば何日前まで15名分(といった運用に変わり)、地域の支払基金の審査委員による恣意的な審査も行われなくなっている」と述べ、辛抱強く活動を続けることの意義を訴えた。

【関連情報】
日本弁護士連合会「健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書」(日弁連サイト)
指導・監査・処分改善のための健康保険法改正研究会ホームページ

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