ニパウイルス感染症は新種のパラミクソウイルスであるニパウイルス(Nipah virus)による感染症で,1999年3月にマレーシアで流行した急性脳炎の原因ウイルスとして世界で初めて同定されました。
ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリ(fruit bat)です。主な感染経路は,感染動物(主にブタ)との接触,汚染食品の摂取,感染者との密接な接触と報告されています。主な臨床症状は,急激に現れる発熱,頭痛,めまい,嘔吐,急性脳炎症状などであり,特異的なものはありません。94例の確定例についての報告では, 患者の55%に意識障害,脳幹機能不全症状などがみられ,ミオクローヌス,筋緊張低下,高血圧,多呼吸などが現れました。何らかの髄液所見の異常が75%に認められています。完全回復者は53%,致死率は32%,神経障害などの後遺症を残した者は14%で,きわめて予後不良の重症疾患です。
診断は,髄液,尿,気道分泌液などを材料とし,Vero細胞などを利用した組織培養でウイルスの分離を行います。血清IgM抗体の測定,RT-PCRを用いたウイルス遺伝子検出法なども確立されています。確立された特異的な治療法はなく,急性脳炎の治療に準じます。ワクチンなどによる予防法もありません。
ニパウイルス感染症は感染症法上の全数報告対象である4類感染症であるため,診断した医師は直ちに最寄りの保健所へ届け出る必要があります。なお,これまでわが国ではニパウイルス感染症の報告はありません。
2023年9月15日,インドのケララ州コジコーデ地区でニパウイルス感染症の6例目が発生しました。6名の患者のうち,2名は8月30日と9月11日に死亡し,残りの4名は9月15日時点で治療中とのことです(致命率:33%)。感染者はすべて,8月30日に死亡した初発症例との接触が報告されています。2023年9月18日時点で1233名が接触者リストに登録され, そのうち352名がハイリスクとして報告されています。同地区の36頭のコウモリから採取したサンプルからニパウイルスも検出されました。ケララ州は,封じ込め対策,大規模な隔離施設の設置,緊急用モノクローナル抗体の調達,偽情報の防止など,緊急の対策を実施しています。封じ込め対策と検疫措置は最後の症例報告から42日間継続の予定となっています。インドのケララ州は過去にもニパウイルス感染症が報告されている地域です3)。
ニパウイルスは,高い致命率のためWHOの「パンデミックを引き起こす可能性のある優先病原体リスト」に含まれています4)。
これまでわが国ではニパウイルス感染症の報告はありませんが,世界各国への渡航が容易になっている現在では,輸入例が報告される可能性もあります。まずは,インドにおけるニパウイルスの流行状況を注視していきましょう!
【文献】
1) 国立感染症研究所: ニパウイルス感染症とは. (2023年9月21日アクセス)
2) Hindustan Times:Sep 16, 2023. (2023年9月21日アクセス)
3) WHO:Nipah virus disease-India. (2023年9月21日アクセス)
4) WHO:WHO to identify pathogens that could causefuture outbreaks and pandemics. (2023年9月21日アクセス)