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[チームで支える矯正医療①:教授就任後も非常勤として働く医師]矯正医療と一般医療の“二刀流”「複眼的思考を持つことができ、やりがいがあります」〈提供:法務省矯正局〉

No.5201 (2023年12月30日発行) P.6

登録日: 2023-12-25

最終更新日: 2024-01-24

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刑務所・少年院などの矯正施設の被収容者に対し原則全額国庫負担で行われている医療(矯正医療)は、常勤の矯正医官だけでなく、非常勤医師、看護師、薬剤師、准看護師資格を持つ刑務官など多職種のチームワークで成り立っている。本シリーズでは、様々な立場で矯正医療に携わる医師・スタッフを取材し、被収容者の医療・健康管理をチームで支えている姿を浮き彫りにしたい。第1回は、大学病院の教授就任後も非常勤医師として東日本成人矯正医療センターでの勤務を続ける医師の事例を紹介する。

東日本成人矯正医療センター勤務 山口敏行医師

スキルを高めるため「施設外勤務」を利用

犯罪者や非行少年を収容し改善更生のための処遇などを行う矯正施設は、大きく刑事施設と少年施設に分かれる。全国に74カ所ある刑事施設の医療システムは「医療専門施設」「医療重点施設」「一般施設」の3層に階層化され、移送・共助の仕組みが構築されている。

全国の刑事施設から専門的な医療を必要とする被収容者を受け入れる医療専門施設は4カ所あり、そのうち、病床数400床以上を有し「矯正医療最後の砦」とも呼ばれる大型施設が東日本成人矯正医療センター(以下、東日本センター)だ。HIV感染症の診療や感染制御を専門とする山口敏行さんは、2018年4月に矯正医官となり、常勤医師として東日本センターや医療重点施設の府中刑務所での勤務を始めた。

「東京矯正管区の担当者からお話を伺う機会があり、矯正医療ではHIV患者が多く、八王子医療刑務所の移転で2018年1月に新設される東日本センターにはHIVの専門医がいないことを知りました。私は自分の専門領域はかなりニッチな領域だと自覚していましたが、もしかしたら矯正医療では役に立つかもしれないと思い、この世界に入ることにしました」

矯正医官は、平日の勤務時間のうち最大19時間までを調査研究や技術向上を目的とした外部医療機関などでの勤務に充てる「施設外勤務」が特例的に認められている。山口さんはこの制度を利用し、東日本センターで週2回、府中刑務所で週1回HIV患者の診療などを行いながら、前に在籍した大学病院でも週1回外来診療と研究を行う勤務形態を選択した。大学病院での勤務も矯正施設での勤務時間にカウントされるため、「技能を高めながら矯正医官の仕事ができるという意味で最適な勤務形態でした」と振り返る。

専門医としてコストパフォーマンスを追求

東日本センターで山口さんが最も力を入れたのが「HIV診療における薬剤の整理・簡素化」と「医療廃棄物処理の適正化」だった。「私が入るまでの矯正施設は専門医不在のため、HIV診療に関して外部医療機関での処方を継続するしかありませんでした。私は国の予算を使う限りはコストパフォーマンスを追求するのが専門医のスタンスと考え、低価格で同等の効果の薬剤に変更し、年間の薬剤費を約3割削減しました」

廃棄物処理についても、マスクやガウンなど一般廃棄物として処理できるものまで感染性廃棄物としていた運用を見直した。「大学病院でも、なんでもかんでも感染性廃棄物として処理する傾向がありますが、職員や業者に呼びかけて感染性廃棄物の概念を整理し、廃棄物処理費を大幅に削減しました」

感染制御の専門医としての手腕はコロナ禍でも発揮。各地の刑務所から多くのCOVID-19患者を受け入れながら、東日本センター内ではクラスターを一度も起こさなかった。「30床整備されている陰圧個室を有効活用できたことが大きかったですね」。スタッフに対してはシンプルで効率的な感染対策を提示し、ストレス・不安の軽減に努めた。コストパフォーマンスを考慮してステロイド中心の治療を行うという方針を立て、全国の矯正施設に手引きを配布する活動も展開した。

矯正施設での成功事例を大学病院に応用

専門知識を存分に活かせる矯正医官の仕事にやりがいを感じる日々の中、2022年1月に1つの転機が訪れた。東京慈恵会医科大学より感染制御科准教授および附属柏病院の感染制御部副部長として招聘され、同年11月には教授を命ぜられたのだ。それでも山口さんは矯正医療から離れず、非常勤医師として東日本センターでの仕事を継続することを決めた。今は、大学病院で得た知見を矯正医療に活かしつつ「東日本センターで実現できた医療廃棄物処理の適正化などを大学病院でも行うこと」を自らの目標にしているという。

「矯正医療ではコストパフォーマンスに優れた医療が求められますが、一般医療でも同じことが求められるはずです。矯正施設で成功したことを大学病院でもできれば、一般社会の病院や施設も取り組むようになりコストを大幅に減らせます。矯正医療と一般医療の“二刀流”を続けることはこうした複眼的思考につながるので、日々新鮮な気持ちで楽しく仕事をしています」

「自分のような専門医にもっと来てほしい」

東日本センターなどの医療専門施設は自分のような専門医がまだまだ求められていると山口さんは語る。

「東日本センターは各科が揃った総合病院ですから、本来、超専門家の集団であるべきだと思うんです。内科の各分野の専門医もいてほしいですね。非常勤医師として矯正医療に携わるようになって『勤務環境が整っているのでそのまま常勤になった』という先生もたくさんいらっしゃいます。まずは週1回お手伝いに来ていただけるという先生も歓迎します」

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【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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