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日本の新型コロナ対策の問題点─日本の超過死亡数はカナダを抜きフランスに迫る(菅谷憲夫)[学術論文]

No.5216 (2024年04月13日発行) P.32

菅谷憲夫 (慶應義塾大学医学部客員教授,国際インフルエンザ学会(ISIRV)理事)

登録日: 2024-04-12

最終更新日: 2024-04-12

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1. 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の発生

新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)は,日本では2020年1月6日にNHKニュース1)で,中国・武漢において原因不明の肺炎が発生していることが報道され,同年1月14日に,WHOは患者から新型のコロナウイルス(SARS-CoV-2)が検出されたことを明らかにした。その上で「今のところ大規模に感染が広がっている状況ではない」としながらも,「家族間など限定的だが,ヒトからヒトに感染する可能性もある」とした。

注目すべきは,1月20日には中国の専門家が,武漢で14名もの医療関係者が感染したことから,ヒトからヒトの感染は間違いない,と発表した点である1)。医療関係者が多数感染するということは,インフルエンザ専門家からみると,新型ウイルスが発生した重要な証左である。

2. 新型コロナは大した病気ではない?

ところが,新型コロナは大して重い病気ではないとか,日本では流行らないなど,マスコミで感染症専門家の意見が流れた。たとえば,「専門家らは,人から人への感染は限られていると指摘し,国内で感染が広がる危険性はほぼないと冷静な対応を求めている」とか,「国内の人は特別な対策は必要ない。手洗いやマスクなど,インフルエンザの予防策を取れば足りる」等である(2020年1月20日時事ドットコムニュース)。

国内の現実離れしたニュース報道に私は驚き,2月3日に日本医事新報のWeb上で「新型コロナウイルス感染症はSARSに類似,厳重な警戒が必要」という論説を発表した2)。しかし,専門家による楽観論の影響は強く,日本政府の対策は遅れ,ヒトからヒトへの感染が明らかになった時点でも,中国の感染地域からの団体観光旅行を差し止めることはなかった。

2020年1月23日に武漢が封鎖され,WHOは1月30日,新型コロナ流行を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言した。日本国民は,SARSクラスの重症感染症流行の危機的状況にあることを理解しないまま,2月以降,国内で新型コロナ患者が続発した。

一方,欧米諸国では,新型コロナの脅威がマスコミで大きく報道され,一流医学誌であるLancet3)やNew England Journal of Medicine4)にも,新型コロナを警戒する論文が,1月末までにWeb上で発表された。そこでは,入院患者の29%が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)となり,15%が死亡したことが報告されていた3)。日本の感染症専門家は,いち早くこのような情報を,国民(特に医療関係者)に伝えるべきであった。

武漢のニュースをみて,筆者はスペインかぜ出現時の混乱を想像した。米国でのスペインかぜ流行時,1918年10月から多くの都市で,学校,映画館,バー,さらには教会までも閉鎖され,多くの町で,マスクを着用しないとバスなどの公共交通機関には乗車できなかった。病院は満床となり,教会などは臨時の病院となった。これらの光景が100年後の武漢で再現されたことは,インフルエンザ専門家である筆者にはたいへん興味深かった。スペインかぜでは,世界各国で大規模な徹底した封鎖が実施されたが,結局パンデミックを抑えることはできず,数千万人が死亡した。筆者は,ワクチン,診断薬,治療薬が間に合わなければ,現代でも新型コロナのパンデミックは避けがたいと感じた。

3. 新型コロナの致死率はスペインかぜと同等

国内初の新型コロナ死亡例が報告された2020年2月13日以降も,依然としてマスコミで流れたのは,新型コロナは季節性インフルエンザ程度の感染症であり,恐れることはない,という誤った論調であった。マスコミに登場した感染症専門家にインフルエンザの基本的な知識がなかったのであろうか。季節性インフルエンザの致死率は,1000万人のインフルエンザ患者数で5000人の死亡者が出ると仮定すると0.05%,1万人の死亡者が出ても0.1%である。世界史上最悪の1918年のスペインかぜ大流行時,日本では2380万人が罹患し38万9000人の死亡者数が報告され,致死率は1.6%で,世界全体でも推定された致死率は2~3%である5)

一方,2020年2月時点での新型コロナ致死率は,中国で2.2%であったにもかかわらず,日本のマスコミは「新型コロナの死亡率は低い」と報道したが,この時点では,「新型コロナの死亡率は,スペインかぜ並みに高い」と報道するのが,医学的には正しかったのである2)。NHKニュースに登場したある専門家は,新型コロナは感染力は強いが重症度は低いと述べていたが,H5N1,MERSなどの50%の致死率と比較したのだろうか。

WHOは,2020年3月11日に新型コロナのパンデミックを宣言し,日本国内でも,同月から流行が本格化した。4月7日に,東京,神奈川など7都府県に緊急事態宣言が出て,4月16日には全国に拡大された。しかし5月に入ると,日本の流行も一時的に収束傾向がみられるようになり,欧米諸国でも,ロックダウン解除が課題となっていた。国によって差はあるものの,5月中旬から徐々に外出禁止措置が解除された。

4. 新型コロナ流行初期,アジア全体で感染者も死亡者も少なかった

日本では2020年5月頃,早くも政府を中心に,日本の死亡者の絶対数が欧米に比べて少ないのは,日本の新型コロナ対策が優れていたからとか,対策が成功したからという論調がよく聞かれた。筆者は,5月20日にWeb上に発表した論説「日本の新型コロナ対策は成功したと言えるのか─日本の死亡者数はアジアで2番目に多い」6)で,「アジア諸国は欧米諸国に比べて,感染者数も死亡者数も圧倒的に少なく,アジア諸国で人口10万人当たりの新型コロナ死亡者数を比較すると,日本はフィリピンに次いで2番目に多く,日本の対策が優れていたとは言いがたい」と発表した。

2020年5月16日時点で,欧米諸国の人口10万人当たりのSARS-CoV-2感染者数は,アジア諸国に比べて10倍から100倍以上も多かった。それを反映して,欧米の10万人当たりの新型コロナ死亡者数は圧倒的に多く,米国,英国,フランスなど欧米9カ国の10万人当たりの死亡者数の平均は31人,日本,韓国,台湾,インドなどアジア11カ国では0.35人となり,平均でみるとアジアの死亡者数は欧米のわずか100分の1であった6)

しかし,致死率(case-fatality rate)は,日本では死亡者数713人,感染者数1万6203人で,4.4%ときわめて高率であった。スペインかぜでは若年成人の,新型コロナでは高齢者の致死率が高いという違いはあったが,日本国民は1918年のスペインかぜ以来の伝染病の恐怖を味わったのである。

日本では,欧米と比較して新型コロナ死亡者数が少ないことは事実であった。しかし,それは日本の対策が成功したわけではない。アジア諸国全体の感染者数,死亡者数が,欧米に比べて圧倒的に少なかったためであり,その中では最大級の被害を受けたのが日本であった6)

5. アジア諸国の死亡者数は,現時点でも欧米諸国より少ない?

新型コロナ発生4年後の2024年1月時点でも,新型コロナの人口10万人当たりの累計死亡者数は,欧米諸国に比べ,日本などのアジア諸国は少ない(表1)。欧米諸国の累計死亡者数は,米国344人,英国344人。少ないほうでは,スイス,オランダなどは150人前後である。日本は2020年から4年間で,合計7万5375人の死亡者が出て,人口10万人当たりに換算すると,60.3人と欧米諸国よりも明らかに少ない(日本の人口を1億2500万人とした)。日本,韓国,シンガポール,台湾の4カ国の,アジアのhigh-income countryの死亡率が低いのは理解できるが,実は他のアジア諸国の死亡者数は日本よりも少ない。たとえば,フィリピン58人,タイ48人,インド38人などである(表1)。

https://ourworldindata.org/covid-deaths#cumulative-confirmed-deaths-per-million-people

6. 超過死亡(excess deaths)

超過死亡(excess deaths)を欧米とアジアで比較したのが,表2である。新型コロナ流行中のすべての原因による死亡者数(all-cause mortality)から,パンデミックが発生しなかった場合に推定される死亡者数を減じた数値が,超過死亡者数である。インフルエンザの世界では超過死亡は確立し,日本の学童集団接種により,高齢者の肺炎,乳幼児の脳症が防がれていたことが証明されている7)8)

https://ourworldindata.org/covid-deaths#cumulative-confirmed-deaths-per-million-people

超過死亡では,新型コロナと診断が確定した死亡者数(confirmed deaths)だけでなく,診断および報告されなかった新型コロナでの死亡や,パンデミック状況に起因して,受診を控えたことによる死亡増加などもとらえることができる。日本では,新型コロナの検査法,RT-PCRの感度が低いとか,検査を受けに行くと感染し流行が拡大するから検査は控えるべき,というような医学的に誤った情報が流布し,また,政府の専門家会議も検査の重要性に触れなかったため9),新型コロナと正しく診断されていない死亡例も多数あったと考えられる。さらに政府は,医学的な根拠がないままに,受診の目安として,発熱してから4日間は自宅で様子を見ることを勧奨したため10),国民が受診を控え,新型コロナと診断されないまま死亡した例も多かったと思われる。以上のような理由により,日本では,超過死亡は新型コロナ流行の影響をより正確に反映する指標となる。

7. 2023年,日本の累計超過死亡者数はフランスに迫る

累計超過死亡者数をみると,流行初年度(2020年)から,欧米諸国では多数の死亡者が発生しているが,アジア諸国では2020年の死亡者数は圧倒的に少ない。特に日本,韓国,台湾,シンガポールの4カ国のhigh-income countryとフィリピン,中国はマイナスの超過死亡者数となっている(表2)。つまり,新型コロナ発生により,これらの国の超過死亡者数は,それ以前と比べて減少した。おそらく,入出国制限,マスク着用,social distancingなどの強力な公衆衛生対策が,新型コロナ以外のインフルエンザやRSウイルスなどの感染症の流行の発生も抑えた結果と思われる。

流行の2年目(2021年)には,重症度の高い変異ウイルス,デルタ株が出現し,欧米諸国では一段と超過死亡者数が増加した。アジア諸国ではマイナスの超過死亡者数は台湾のみとなったが,high-income countryの4カ国と中国では,超過死亡者数の増加はわずかであった(表2)。一方,インド,フィリピンでは,欧米並みに超過死亡者数が急増した。特にインドの超過死亡率は,英国,米国を上回った。2021年には日本でも,新型コロナ以外に,老衰死,心血管疾患などによる死亡例が増加した11)。新型コロナ感染は,心筋梗塞や脳卒中の危険因子であることが示唆され,さらにパンデミックにより救急搬送の遅れが生じた可能性も指摘された11) 。老衰死の中には,多数の新型コロナ症例が含まれることは容易に想像される。

流行の3年目(2022年)になると,年初から重症度の低下した変異ウイルス,オミクロン株12)が流行したが,意外にもアジアではhigh-income countryの4カ国でも大幅に超過死亡者数が増加し,日本は2021年の10万人当たり12.6人から128.4人と10倍,韓国は2021年の14.6人から126.4人と8.7倍の超過死亡者数の増加となった(表2)。インドはさらに増加し,フィリピン,タイは欧米と同レベルの超過死亡者数となった。

流行の4年目(2023年)になると,欧米の超過死亡者数の増加率はやや低下したが,日本は前年の10万人当たり128.4人から215.8人と倍増し,フランスの237.7人に迫った。アジアの日本を除いたhigh-income countryである韓国,台湾,シンガポールと,中国は依然として150人前後で,欧米よりも超過死亡者数は少ない。また,インドの超過死亡者数は米国,英国を大幅に上回り,フィリピンとタイもフランスを超えた(表2)。

1918年のスペインかぜでは,アジア諸国の死亡率は欧米諸国より高く,経済的な格差が反映したものと理解されているが,新型コロナの超過死亡率は,インド,インドネシア,バングラデシュ,ベトナム,タイ,フィリピンなどのアジア諸国は欧米諸国と同等と考えられる。アジアのhigh-income countryでは日本を除き,韓国,台湾,シンガポールの超過死亡者数は依然として低く抑えられている。中国の悪名高いゼロ・コロナ対策は,超過死亡者数を見る限り成功したと思われる。

8. 日本の新型コロナの超過死亡者数は27万人

日本では最近,超過死亡者数が大幅に増加し,特に2023年は10万人当たり215.8人と,フランスの237.7人に迫り,G7諸国ではカナダを上回った(図1)13)。超過死亡者数から計算すると,10万人当たり215.8人であるので,総人口を1億2500万人とすると26万9750人となり,新型コロナ発生以来,約27万人が死亡したことになる。また,1年ごとの日本の超過死亡者数は,2021年は1万5750人,2022年は14万4750人,2023年は10万9250人となる。一方,日本の新型コロナの累計死亡者数は,2024年1月時点(2024年5月以降,変更なし)で10万人当たり60.3人,総人口では7万5375人となり,超過死亡者数はその3.6倍となる。

https://www.economist.com/graphic-detail/coronavirus-excess-deaths-estimates

(文献13より作成)

9. 日本の新型コロナ対策は成功したか?

最近,日本政府や政府関係の感染症専門家から,再び,日本の新型コロナの死亡者数は少なく,日本の対策は成功したという声も聞かれるようになり,マスコミでもそれに追従する論説が見られる。ところが,新型コロナの被害の最も重要な指標である累計超過死亡者数は,日本では約27万人であり,新型コロナ流行4年間で多数の国民が亡くなったことが推定された。多くの国で超過死亡者数(表2)は,確認された死亡者数(confirmed deaths)(表1)よりも,数倍多い。また,2022年から日本の超過死亡者数は大幅に増加していることが(図1)13),国民にあまり知られていないことは問題である。

欧米諸国では,オミクロン株出現後,入院や死亡が減少したことを確認して,いわゆるwith Coronaに舵を切ったのである12)。日本も欧米諸国と同様に,2類から季節性インフルエンザと同等の5類に切り替えたが,なお死亡者数は増加傾向にある。

10. 今後は新型コロナ再流行に警戒

日本では,2023/2024年シーズンにインフルエンザの大規模な流行があり,それによるウイルス干渉14)のためか,新型コロナの流行規模は小さい。しかし,インフルエンザ流行が終息すれば,変異株JN.1による流行が再拡大する可能性は高い。2022年のオミクロン株出現以降,日本の超過死亡者数の増加は続いているので,高齢者などハイリスク群のワクチン接種,迅速診断と抗ウイルス薬による早期治療を徹底する必要がある。

【文献】

1NHK:新型コロナと感染症・医療情報.
https://www3.nhk.or.jp/news/special/medical/

2)菅谷憲夫:医事新報. 2020;4998:50.

3)Huang C, et al:Lancet. 2020;395(10223):497-506.

4Zhu N, et al:N Engl J Med. 2020;382(8):727-33.

5WHO:Pandemic Influenza preparedness and Response. 2009.

6菅谷憲夫:医事新報. 2020;5014:30.

7)Reichert TA, et al:N Engl J Med. 2001;344(12):889-96.

8)Sugaya N, et al:Clin Infect Dis. 2005;41(7):939-47.

9)菅谷憲夫:医事新報. 2020;5006:58.

10)菅谷憲夫:医事新報. 2020;5002:58-60.

11)Tanaka H, et al:BMJ Open. 2023;13(8):e071785.

12)Nyberg T, et al:Lancet. 2022;399(10332):1303-12.

13)Schellekens P:Japan and US are worlds apart on pandemic mortality.
https://pandem-ic.com/japan-and-us-are-worlds-apart-on-pandemic-mortality/

14)Takashita E, et al:Influenza Other Respir Viruses. 2023;17(1):e13090.

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