6月初めに厚生労働省から2023年の「人口動態統計月報年計(概数)」が公表された。それによると2023年の胃がん死亡者数は3万8767人であり、昨年より約2000人減少していた。
これまでわが国の胃がん死亡者数は1970年から約40年にわたって5万人前後が続いていた。1983年から老人保健法に基づいてバリウムによる胃がん検診が行われてきており、胃がん死亡者の減少に一定の効果があったと報告されているが、わが国の胃がん死亡者数全体を減少させている効果はみられていない。われわれがCancer Scienceに2020年に報告した胃がん死亡者数全体を検討した結果では、胃がん検診が始まった1983年からピロリ菌の除菌に保険が適用された2013年まで、胃がん死亡者総数の減少はまったく見られていなかった。
胃炎に対するピロリ菌除菌が保険適用になって以来、わが国で1000万人以上が除菌されたことにより、2013年から胃がん死亡者数は減少を開始し、10年後の2023年には4万人を切るまでになった。実に22.5%の減少率であり、胃がんはわが国のがん対策基本計画の目標である20%減を達成した最初のがんになったのである。
これはピロリ菌の除菌による直接効果ではなく、ピロリ菌除菌をするためには内視鏡検査が義務づけられたことにより、内視鏡検査数が驚異的に増加し、予後がきわめてよい早期胃がんの段階で発見される機会が飛躍的に増加したためと考えられる。いわば保険を使用した内視鏡検診とも言える状況になってきたのである。
胃炎での除菌が保険適用になる際、内視鏡検査を義務づけたことがこのような効果を発揮するとは当時は考えていなかった。筆者の周りでは、内視鏡検査を嫌って除菌ができない人が増えるので、内視鏡検査を義務づけるべきではないという意見のほうが多かった。厚労省からは内視鏡検査を義務づけないと、根拠なしに除菌をする医師が増える可能性が高いと言われ、最終的に同意したことを思い出す。今となっては内視鏡検査の義務化がこのような大きな成果を挙げることになったので、本当によかったと思っている。
ただコロナ禍経てピロリ菌の除菌者数が減少し続けていることは大きな問題である。わが国には、胃がんは予防できる病気であることを知らない方がいまだ数多く存在していることから、持続可能な啓発を続けていかなければならない。そのためには、胃炎医療コーディネーターの養成とピロリ菌の診断の無料化がどうしても必要である。なのに厚労省からよい返事はいまだ受け取っていない。まだまだわが国において胃がん撲滅への道は遠い。
浅香正博(北海道大学名誉教授)[ピロリ菌除菌][内視鏡検査]