ベロ毒素(志賀毒素)を産生する腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)の感染症で,ベロ毒素が症状発現の主要因である。大腸菌は血清型で分類されており,本症を引き起こすものとして血清型O157に属する大腸菌が有名であるが,それ以外の血清型(O26,O111,O145など)に属する大腸菌にもベロ毒素を産生するものがあり,本症の起因菌となる。EHECは少しの菌量(10~100個)で感染が成立し,潜伏期間は3~8日程度と言われている。感染者には有症者と無症候者が存在する。典型的な有症例では激しい腹痛,水様性下痢,さらには新鮮な血便(外見上はほとんど新鮮な血液の排泄)を呈し,腹部CTで回盲部,上行結腸の粘膜腫脹が認められる症例が多い。嘔吐や38℃台の高熱を伴うこともあるが,軽症例も多い。
また,EHECが産生するベロ毒素の作用により,腸炎発症3~10日後に溶血性貧血,血小板減少,腎障害を3徴候とする溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome:HUS)を引き起こすことがある。さらに,HUSを発症した場合に,痙攣,意識障害,脳症を合併することがあり,小児や高齢者では,死亡する可能性が青壮年に比べて高くなる。最近の報告では,有症者の3%前後がHUSを発症し,年代別では5~9歳での発症率が最も高く,有症者に占めるその発症率は5~7%,65歳以上では2.5~4%である。ベロ毒素はVT1とVT2に大別され,いずれも宿主細胞の蛋白合成阻害とアポトーシスの誘導による細胞死をもたらす。HUS発症例では,VT2単独あるいはVT1とVT2の両者を産生するEHECの分離頻度が高い。
腸管出血性大腸菌感染症は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)で3類感染症に指定されており,症状の有無にかかわらず,診断した医師には直ちに最寄りの保健所へ届け出る義務が課されている。腸管出血性大腸菌感染症として届出が行われた感染者数は,日本全国で年間3000~4000人である。
便から分離・同定によって大腸菌を検出し,かつ,その分離菌がベロ毒素を産生する菌であることを確認して,あるいはPCR法などでベロ毒素遺伝子を保有することを確認して診断する。HUS発症例の約30~40%はEHECが分離されないが,このような場合には,便からベロ毒素を検出することで本症と診断する。また,HUS発症例で便からEHECやベロ毒素が検出されない場合に,EHECの主要O群に対する血清凝集抗体の検出,あるいは血清抗ベロ毒素抗体の検出により本症と診断することも可能である。
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