「MISSION:IMPOSSIBLE」シリーズは、トム・クルーズ主演の映画になって以降「ミッション:インポッシブル」という邦題が定着しているが、米国のテレビドラマとして1966年に放映が始まった当時、そのタイトルを「スパイ大作戦」と翻訳した人のセンスはなかなかイケていたと思う。
約80年後の今、健康危機管理においても、IMF(International Monetary Fund=国際通貨基金ではなく、Impossible Missions Force=不可能作戦部隊)が必要な時代になりつつある、というのはやや言い過ぎかもしれないが、主戦場が情報戦に突入していることは確かである。
重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome:SARS)発生後、不明疾患の早期探知のため、感染症発生に関する公式・非公式情報を幅広く収集する活動がWHOで行われるようになったが、当時はRumor Surveillanceと呼ばれ、どちらかというとニッチな扱いを受けていた。
今やこの活動はEBS(Event Based Surveillance)と呼ばれ、改正国際保健規則〔IHR(2005)〕に基づく各国がWHOへ報告すべき事象、いわゆる「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHIEC)」の探知に求められるコアキャパシティとして重要視されるようになった。昨今は各国のCDC等がAI等を活用しながら、facebookやXといったSNSも含め、多言語にも対応しつつ、アウトブレイクの早期探知に活用している。
公衆衛生上の危機に関する情報を幅広く収集する活動はPHI(Public Health Intelligence)と呼ばれ、WHOはその拠点を各地に置くなど、ワンヘルスの観点もふまえ、多分野の関係者と情報共有するための様々なプラットフォームが形成されつつある。
なぜ国外の情報にそんなに関心を持つ必要があるのかといぶかしく思う方もいるかもしれないが、この世の片隅で発生した感染症が瞬く間に全世界へ広がるといった危機が幾度となく繰り返されてきたことを忘れてはいけない。早期に事象を探知すれば、次に何が起こるかを予測し、先手を打って行動することができる。そもそもインテリジェンス活動は、本来各国のスパイが世界大戦を未然に防ぐために行っていた諜報活動であったところ、これからは世界的な感染症流行を防ぐため関係者が協力し合って行う情報共有活動として発展しているのだ。
グローバリゼーションが進行する中、感染症にとって、世界は確実に狭くなりつつある。
※本文は個人的な見解に基づく内容であり、組織の見解を代表するものではありません。
関なおみ(国立感染症研究所感染症危機管理研究センター危機管理総括研究官)[PHI][EBS][IHR(2005)][健康危機管理]