【Q】
わが国では,便培養検査でメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)が検出された患者さんがしばしばMRSA腸炎と診断されてきた歴史があります。これらの患者さんの多くは,他の原因による発熱・下痢と偶発的なMRSA保菌の合併,あるいはClostridium difficile感染症であったことが推測されます。一方で,他の発熱や下痢の原因がみつからず,便培養からMRSAが検出される患者さんの中で,経口バンコマイシンによる治療に反応する患者さんも稀にいます。
はたして,MRSA腸炎という病態は本当に存在するのでしょうか。杏林大学・皿谷 健先生のご教示をお願いします。
【質問者】
原田壮平:がん研有明病院感染症科部長
【A】
MRSA腸炎は多量の水様性下痢を主症状とし,1985年頃よりわが国において多く報告され,特に胃切除後(文献1)や第3世代セファロスポリン投与後の患者(文献2)に多いとされてきました。しかし,MRSA腸炎という病態が本当にあるのか,という疑問に答えるためには,以下の2つの大きな問題があります。
(1)報告された症例の多くは,下痢患者の腸管に定着していたと考えられるMRSAが便培養でたまたま陽性となり,MRSA腸炎と過剰診断された可能性がある。
(2)MRSA腸炎での病理学的検討がきわめて少なく,好発部位や病態の詳細な検討がなされていない。
Frobergら(文献3)は,MRSA腸炎では偽膜形成は小腸に生じ,ゆるく付着しているのに対し,偽膜性腸炎では偽膜形成部位は大腸で,強く癒着し,異なる疾患である可能性を示しました。
私たちは肺炎球菌性肺炎後に発熱と多量の水様性下痢(最大で3.5L/日)を生じ,便培養でMRSA陽性からMRSA腸炎と診断した症例を経験しました。この水様性下痢はメトロニダゾール不応性で,経口バンコマイシンに速やかに反応しましたが,16日間で合計22.4Lの排泄を示しました。S状結腸までの検索で,MRSA腸炎の偽膜形成部位は明らかではありませんでしたが,便,血液,右化膿性股関節炎で分離されたMRSAはパルスフィールド法で同一のものであることを確認し,腸管に定着していたMRSAが菌血症を惹起し,連続的に右化膿性股関節炎を発症したと診断しました。
本症例でのMRSAはmultilocus sequence typingでsequence type(ST)764,clonal complex(CC)5,SCC mec typeⅡでenterotoxin G,Iが陽性でしたが,そのほかのenterotoxinやtoxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)は陰性でした。Staph-ylococcal enterotoxins(SEs)でMRSA腸炎と関連があるとされているものはA,B,C,D (文献4~6)があり,leukotoxin LukE-LukDの関与(文献7)も報告されていますが,本症例で検出されたenterotoxin G,Iが水様性下痢などの病態にどの程度寄与したのかは不明で,文献的な報告はありません。
これらの結果をふまえ,私たちはMRSA腸炎がtoxic shock syndrome(TSS)の一側面を見ている可能性,SEsによる症状であるという仮説をもとに,わが国での過去10年のMRSA腸炎の報告をレビューしました(文献8)。その結果,36症例(男女比28:8)の報告があり,平均年齢(±SD)は59.5±21.3歳(0~91歳)であり,MRSA腸炎発症までの中央値は7日間(2~40日)でした。便培養でMRSA陽性を根拠に診断された症例が大半で,組織所見が得られたものはわずか3症例のみ,うち剖検例が2症例(全消化管に病変があるものが1症例,小腸が1症例),大腸1症例でした。重要なこととして,SEsやTSST-1の検索が行われたのはわずか4症例(11.1%)のみで,その全例でTSST-1が陽性,2症例でenterotoxin C陽性だったことが挙げられます。TSST-1陽性例のうち2症例はTSSの診断基準を満たしていました。
以上から,過去10年間のわが国でのMRSA腸炎の大多数は,便培養でMRSA陽性の下痢を呈した患者にすぎない可能性がある一方で,少数ではあるものの,病理所見まで得られ,偽膜形成部位にMRSAの存在を証明された患者の報告が混在していました。また,症例数は少なかったのですが,TSSの一側面を見ている症例が少なからずあることも明らかとなりました。
本症例で認めたenterotoxin G,Iのように,既知のSEs(A,B,C,D)やLukE-LukD以外のtoxinのMRSA腸炎への関与があるかどうかは,今後の課題であると考えます。症例(文献8)を介した私の個人的な見解としては,MRSA腸炎は存在する可能性が高いと考えていますが,除外診断すべき疾患や前述のtoxinをはじめとする解明すべき病態があり,今後の症例の蓄積と検討が必要です。
【文献】
1) Morita H, et al:Am J Gastroenterol. 1991;86(6): 791-2.
2) Hori K, et al:Kansenshogaku Zasshi. 1989;63(7): 701-7.
3) Froberg MK, et al:Clin Infect Dis. 2004;39(5): 747-50.
4) Boyce JM, et al:Am J Gastroenterol. 2005;100 (8):1828-34.
5) Takesue Y, et al:Gastroenterol Jpn. 1991;26(6): 716-20.
6) Kodama T, et al:Surg Today. 1997;27(9):816-25.
7) Gravet A, et al:J Clin Microbiol. 1999;37(12): 4012-9.
8) Ogawa Y, et al:BMC Res Notes. 2014;7:21.