【Q】
音の伝導経路のひとつである軟骨伝導を用いた軟骨伝導補聴器が開発され,新しいタイプの補聴器として期待されています。
外耳道閉鎖症など,従来は骨導補聴器の適応であった疾患に対する良い適応であると理解しておりますが,軟骨伝導補聴器の背景となる理論や適応疾患,今後の臨床応用の可能性などについて,奈良県立医科大学・西村忠己先生のご教示をお願いします。
【質問者】
新田清一:済生会宇都宮病院耳鼻咽喉科主任診療科長
【A】
音の伝導経路は従来,気導と骨導の2つにわけられてきました。しかし,振動子を軟骨に接触させることで,その内部において特に中低音域の音が増幅されて放射されることが明らかとなり,この軟骨の振動を介した軟骨伝導は気導,骨導とは異なる特徴を持つ伝導経路であることがわかりました。
軟骨伝導は様々な音響機器に応用することが可能ですが,耳鼻咽喉科の分野では補聴器への応用が考えられます。現在,販売されている補聴器のほとんどが気導補聴器です。気導補聴器に替わる新しい補聴器の開発も可能ですが,気導補聴器は歴史も長く,老人性難聴などの感音難聴に対して気導補聴器を上回る効果のある軟骨伝導補聴器をすぐに開発することは容易ではありません。
現時点で臨床応用に最も近いのは,気導補聴器で対応が難しい外耳道閉鎖症による難聴者に対する補聴器です。これらの疾患がある人の多くは骨導補聴器を使用しています。骨導補聴器は振動子が大きく,良好な聞こえを得るためには振動子をヘッドバンドを用いて圧着固定する必要があります。そのため,固定部位の疼痛,発赤,凹みなどの問題が生じます。また別の手段としては,埋め込み型骨導補聴器(bone-anchored hearing aid:BAHA)もありますが,手術が必要となります。
軟骨伝導補聴器は骨導補聴器と異なり,振動子が小型軽量です。凹みがあればその部分に挿入し,軟骨の弾性を生かすことで圧着せずに固定することができ,審美性や装用感に優れています。一方,骨導補聴器と比較して短所となるのは音の伝導効率です。圧着固定しないため骨への振動の伝導は優れているとは言えません。非骨性の外耳道閉鎖では,閉鎖組織を伝わることで骨導よりも効率的に音が伝導します。しかし,骨性の外耳道閉鎖では非骨性の外耳道閉鎖よりも伝導効率が低下します。したがって,骨性の外耳道閉鎖であっても実用的な効果が得られるかどうかが問題となります。
現在,軟骨伝導補聴器の試作器を開発し,実際の症例でその効果を評価する臨床試験を実施しています。その結果,補聴効果については骨性の外耳道閉鎖であっても骨導補聴器と同等以上の効果が得られることがわかりました。外耳道閉鎖の中にはまったく凹みがなく固定が難しい例も認められます。このような症例では,振動子が小型軽量である利点を生かして両面テープを用いることで固定可能です。両面テープを貼るという作業が増え,煩わしさはありますが,実際の症例では骨導補聴器よりも聞こえが良く,圧着固定に伴う欠点がない,審美性に優れているなどの利点から,全例が軟骨伝導補聴器の装用の継続を選択しています。
現在,臨床試験として軟骨伝導補聴器のフィッティングを実施しており,市販化に向けた手続きも進行中です。将来は,新しい補聴手段のひとつとして選択して頂くことが可能になることと思います。