【Q】
2型糖尿病は心血管イベント発症の明らかな危険因子であり,その抑制は2型糖尿病の治療上,重要な課題と考えられます。この目的を達成するためにも,2型糖尿病患者における心血管イベントハイリスク群を抽出することが大切であると思われます。
この点に関して大阪大学・片上直人先生のご教示をお願いします。
【質問者】
三田智也:順天堂大学大学院糖尿病内分泌内科学准教授
【A】
糖尿病では,動脈硬化の進展はしばしば無症候であり,2型糖尿病の診断時には既に全身で高度の動脈硬化症がみられる場合もあります。何の前触れもなく,突然,心血管イベントを発症するケースも稀ではないため,ハイリスク群を抽出し,早期からきめ細やかな介入措置を取ることが望まれます。
高血圧,脂質異常症,肥満,喫煙などの“古典的”な動脈硬化危険因子を合併した患者では心血管リスクが明らかに上昇するため,糖尿病以外の古典的危険因子の合併の有無と程度を評価することが必須です。ただし,古典的危険因子の評価をベースに作成されたリスクスコアの心血管疾患発症予測能は決して高くないことも,多くの研究により示されています。
一方,冠動脈造影検査,冠動脈CT,心筋シンチグラフィー,脳MRI検査などは,心血管疾患ハイリスク群の検出能は高いものの,侵襲性,簡便性,経済性の点で課題があり,すべての糖尿病患者にこれらの検査を実施することはできません。
このため,動脈硬化の危険因子から心血管疾患に至るまでの時間的・病態的な中間に位置する血管障害を評価できる種々の検査が,心血管イベントハイリスク群を抽出するためのツールとして日常臨床で用いられています。以下に代表的なものを挙げます。
(1)血管内皮機能検査
血管内皮機能障害は動脈硬化の第一段階であり,その評価は動脈硬化の早期診断に有益です。血管が一過性の虚血から解放されると,シェアストレスの増加により血管内皮細胞からのNO産生・放出が増加し,血管が拡張します。flow-mediated dilatation(FMD)は,四肢の動脈における虚血反応性充血後の血管径変化を超音波診断装置により測定することで,内皮機能を評価する方法です。一方,digital reactive hyperemia peripheral arterial tonometry(RH-PAT)は,反応性充血前後の指尖容積脈波を空気圧式の指尖プローベを用いてplethysmographyで測定することで,内皮機能を評価する方法です。血管内皮機能は心血管予後規定因子であると考えられていますが,心血管疾患ハイリスク群の抽出における有用性はいまだ確立されていません。
(2)脈壁スティフネスの評価
動脈硬化に伴う動脈の機能的・器質的硬化により動脈壁の弾性が損なわれると,血管壁応力増大に伴う動脈硬化進展,左室後負荷増大,左室拡張不全,冠灌流障害を惹起し,心血管障害が進行します。
脈波伝播速度(pulse wave velocity:PWV)は,心収縮により発生する大動脈の脈動が動脈系を伝播する速度であり,動脈弾性の低下により速くなります。大動脈を含む上腕─足首間の脈波速度を四肢に巻いた血圧測定カフの容積脈波から測定する方法(brachial-ankle法:baPWV)は,簡便かつ心血管疾患ハイリスク群の抽出に有用な検査として普及しています。
一方,心臓足首血管指数(cardio-ankle vascular index:CAVI)は,血圧の影響を受けない局所的な動脈弾性指標ですが,予後予測指標としてのエビデンスは十分ではありません。
(3)頸動脈エコー検査
頸動脈はアテローム性動脈硬化の好発部位であり,頸動脈の動脈硬化性病変は,脳血管障害や冠動脈疾患と密接な関連があります。
頸動脈エコー検査は,頸動脈の壁内,表面,内腔の状態から動脈硬化を視覚的かつ定量的にとらえられるだけでなく,血流の評価も可能であり,頸動脈病変の評価に優れています。ことに,内膜中膜複合体肥厚度(intima-media thickness:IMT)は,動脈硬化性疾患の有無や冠動脈の動脈硬化性変化とよく相関し,心血管イベント予測因子として有用です。
古典的危険因子にIMTを付加することで,心血管イベントの発症予測能が向上することも示されています。また,頸動脈病変の組織性状を(半)定量的に評価することで,心血管イベントハイリスク群の抽出が可能であるとの報告もあります。