【Q】
冠動脈疾患患者の二次予防には,スタチンやその他の薬剤でどの程度までLDLコレステロール(LDL-C)を低下させるとよいのでしょうか。LDL-Cを下げすぎると副作用はあるのでしょうか。順天堂大学・宮内克己先生のご回答をお願いします。
【質問者】
阿古潤哉:北里大学医学部循環器内科学教授
【A】
結論としては,LDL-Cを下げれば下げるほど心血管イベント発生は低下します。しかし,これは海外の報告であり,現時点で日本人を対象とした心血管イベントに対する大規模な臨床試験はありません。そこでご質問に対し,世界ではどこまで実証されているか,日本のエビデンスでわかっていること,そして課題を概説します。
心血管イベントの二次予防効果を示した臨床試験はスタチンによる介入が数多く報告され,一次予防ではLDL-C 100mg/dL,二次予防では70mg/
dLまでイベント発生は低下することが明らかになっています。また,メタ解析でもスタチン投与によるLDL-C低下に相関して心血管イベント発生も低下することに加え,スタチン介入前のLDL-C値に関係なく年率で平均21%イベント発生が低下することを明らかにしています。こうした結果を受けて欧州心臓病学会のガイドラインでは,冠動脈疾患二次予防におけるLDL-Cの管理目標値を70mg/dL未満とし,さらに心筋梗塞ではLDL-C値に関係なく入院中の高用量スタチン使用を推奨しています。また米国では,二次予防患者に対しても高用量スタチンの使用をガイドラインで推奨しています。
このようにリスクが高ければLDL-C値に関係なくスタチンを投与すべきという考え方を“fire and forget”と言います。しかし,IMPROVE-IT試験ではスタチンにエゼチミブを追加し,LDL-Cを70mg/dLから55mg/dLまで低下させ,イベント発生を有意に低下させています。この研究はスタチン以外の薬物でLDL-Cを下げてもイベント発生が低下することを実証しました。最近PCSK-9を阻害することで,LDL-Cをさらに60%低下させる強力なLDL-C低下薬が開発されました。既に大規模臨床試験も施行され,イベント発生が有意に低下することを明らかにしています。
LDL-Cは心血管病発症リスクが高ければ胎児レベルまで下げる,いわゆる“the lower,the better”という流れが欧米にはあります。そこで,下げすぎに対する懸念も根強くありますが,少なくともLDL-C 40mg/dL以下でも死亡率を増加させることはありません。ただ認知症を増加させるとの報告もあり,PCSK-9阻害薬では,この点も評価項目として現在,試験が進行中です。
翻ってわが国では二次予防患者のLDL-C管理目標値を100mg/dLに設定していますが,根拠となる国内大規模臨床試験がないことが問題です。わが国のエビデンスとしては,動脈硬化の進展予防効果が報告されています。冠動脈プラーク退縮を明らかにしたのは急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)患者を対象にしたES
TABLISH試験やJAPAN-ACS試験です。わが国のスタチン最大用量でLDL-Cを80mg/dLまで低下させ,プラーク体積を10カ月間で18%退縮させています。イベント発生低下を直接示したものではありませんが,プラークを退縮させるとイベント発生が低下するとの報告もあり,日本人でもリスクが高ければLDL-C 80mg/dLが目標になるかもしれません。さらに,最近はLDL-C低下によりプラーク退縮だけでなくプラークの安定化が得られることもわが国で発表されています。
以上,わが国ではプラーク進展抑制という代替エンドポイントによりスタチンを用いたLDL-C低下療法の有益性が証明されていますが,どこまでLDL-C値を低下させるのかはいまだ明らかではありません。スタチンによる心血管イベント発生低下のエビデンスをわが国で構築することが今後の課題であり,現在進行中の大規模臨床試験であるREAL-CAD試験の結果が待たれます。