【Q】
高齢者のうつには,「うつ病」と「フレイル」((1)移動能力低下,(2)握力低下,(3)体重減少,(4)疲労感,(5)活動レベル低下のうち3つが該当)があり,薬物療法は前者にのみ有効で,後者はかえって悪化させると推測されます。うつ病より圧倒的に数が多いはずのフレイルを,不適切な薬物療法で医原性難治性うつ病に育て上げないためにも,うつ病との鑑別と治療上の相違は重要と思われます。その点について,日本医科大学付属病院・上田 諭先生のご教示をお願いします。
【質問者】
井原 裕:獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授
【A】
加齢に伴う慢性的な体力低下状態であるフレイルと急性の精神症状が主となる高齢者のうつ病とは,まったく異なる状態です。精神科的評価をていねいに適切に行えば,鑑別は決して難しくありません。
最大の鑑別点を端的に言えば,本人の苦痛,苦悶の程度が大きく異なるということです。フレイルもうつ病も,低活動となり,体力が低下し,疲労感が生じます。しかし,強い抑うつ気分(憂うつ感)や身体的苦悶感,自分が自分でないような焦燥感が生じるのはうつ病だけです。それはフレイルのような単なる「体が弱くなった感じ」や「外出への億劫感」や「食欲がわかない状態」とは大きく異なります。うつ病では,それらは各々「体がどうにもならない感じ」「外出したいのに辛くてできない」「食べても味がしない」という状態がしばしば対応します。さらにその苦痛は,フレイルの人たちのように,時間や日によって良いときがあるといった状態の変動はほとんどなく,一貫して楽になることがありません。
このような本人の苦痛の程度のほかに,最近の状態という横断面だけで判断しないことも鑑別には重要です。以前の状態はどうだったのか,現在の低活動の状態はいつから何を契機に生じたのかを確認することが必要です。高齢のうつ病の人は,もともと活動的または精力的で几帳面に健康的な生活をしており,社会適応も良好だった人が典型的です。それが,ある時期の生活上の変化やストレスを契機に,気分と生活が悪化し戻らなくなります。早く回復させようという努力が焦りも生みます。徐々に生活が低活動化し慢性化するフレイルとは決定的に異なります。なお,この「変化やストレス」は小さな出来事が多いことに注意して下さい。些細な周囲とのもめ事,軽い身体不調やけが,ありふれた家族の巣立ち(結婚や別居)などがむしろ典型的なのです。
治療にも十分注意を要します。フレイルでは,栄養を意識した食事摂取,ウォーキングなどの運動,活動量のチェックなどが奨励されていますが,うつ病では逆効果です。うつ病の人は,これらが健康に良いと十分わかっているにもかかわらず,することができないのです。それを奨励されることは,できない自分をますます責める結果につながります。うつ病に第一に必要なのは,抗うつ薬療法です。同時に,現状が本人の努力不足や不摂生のせいなどではなく病気の状態であり,十分に休養をするのが治療であることを説くことです。希死念慮が強くなったり,抗うつ薬療法がなかなか奏効せず衰弱が進んだりするときには,電気痙攣療法を施行して早期に回復を図らなければなりません。治療が遅れれば,最悪の事態(死)すらまねきかねないのです。