【Q】
強度近視眼では,網膜の中心部分にある黄斑領域に円孔や網膜剥離,網膜分離などを生じたり,脈絡膜新生血管の発生を認めたりして,著明な視力低下を引き起こすことがあります。最近では手術療法や内科的治療の進歩に伴い,視力の回復や著明な悪化を防ぐこともできるようになってきつつあります。個々の病態の最新の治療法や工夫について,いくの眼科・生野恭司先生のご教示をお願いします。
【質問者】
永井由巳:関西医科大学眼科学教室/病院准教授
【A】
強度近視は,日本を含むアジア人に多く,極端な眼軸延長により,眼球の後壁が伸展・菲薄化し,特異的な合併症を生じます。眼球が極端に突出することは「後部ぶどう腫」と呼ばれ,近視に特徴的です。屈折値-8ジオプトリ以上の近視を「強度近視」と定義して区別しますが,その中でも眼底に病的変化を生じたものを「病的近視(pathological myopia)」と呼び,失明や視力障害のハイリスク集団と考えられています。近視の人口は世界各地で飛躍的に増大しており,その眼底病変の理解は,現在だけでなく将来的にも重要です。合併症のうち,近視性網脈絡膜萎縮は脈絡膜の血管閉塞と線維化から視細胞が変性し,中心視力を損ないます。特徴的な眼底の白色病変は,最も身近でよく知られた合併症です。本疾病で視力を失う人は非常に多いものの,有効な治療法はありません。
黄斑円孔は正視眼でも生じますが,強度近視ではしばしば網膜剥離の原因となります。硝子体手術により,癒着した硝子体皮質などを網膜面から剥離して牽引を除去し,網膜を復位させるのが一般的です。黄斑円孔網膜剥離のプロセスは長い間不明でしたが,光干渉断層計を用いた最近の研究から中心窩分離症が前駆状態として注目されています。中心窩分離症は後部ぶどう腫の形成に伴い網膜分離や剥離を生じる疾患ですが,従来は発見が非常に困難で,光干渉断層計の登場とともに診断されるようになりました。初期には網膜内層が引っ張られて網膜が分離しますが,進行すると網膜剥離,黄斑円孔形成に至ります。最終段階である黄斑円孔網膜剥離まで進むと手術予後が悪いため,現在では中心窩分離症の段階で早期手術が盛んに行われています。
強度近視では脈絡膜新生血管も重要な疾患で,50歳以下では原因の半数以上が強度近視です。詳細なメカニズムは不明ですが,何らかの形で眼底の過伸展や萎縮が関わるとされます。本疾病は,稀に自然軽快しますが,たとえ沈静化しても時間とともに周囲の網脈絡膜萎縮を惹起します。この病変が後に非可逆性の視細胞死を引き起こし,年単位で視力が低下します。2000年代の中盤までは,有効な治療法がありませんでしたが,現在では抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)薬の硝子体内注射が広く行われています。半数程度で視力が改善し予後も良好ですが,再発の可能性があり,長期間の経過観察が必要です。
かつては不治の病であった強度近視の合併症は,近年の眼科診療の進歩により,少しずつ診断・治療が可能になってきました。強度近視は,日本人に多いというだけでなく,失明のリスクも高いことから,眼科の中で非常に重要視されています。病態を正しく理解し,所見を正確に読み取ることが,診断・治療を的確に行う上で,何よりも重要です。