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分化度の低い腺癌がリンパ節転移などで高分化型になる現象がみられるのはなぜ?

No.4796 (2016年03月26日発行) P.59

伊藤雅文 (名古屋第一赤十字病院副院長/病理部長)

登録日: 2016-03-26

最終更新日: 2016-10-25

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【Q】

分化の悪い腺癌がリンパ節転移や神経周囲侵襲を起こす場合に,分化が良くなることをよく経験しますが,これは病理学的にどういう現象なのでしょうか。 (兵庫県 K)

【A】

転移時や再発時に悪性腫瘍の組織像が変わることは,しばしば経験されます。リンパ節転移で,原発部位と分化の程度が変わる例は,精巣や卵巣などの胚細胞腫瘍では知られた現象です。未熟奇形腫のリンパ節転移では,成熟組織成分のみにみられる場合があります。ご質問にあるように,原発部位では分化方向が特定できない未分化な腺癌に,リンパ節転移では分化がみられることは,通常の病理診断現場では経験されることです。
組織型の確定に参考になる情報ですが,最近は組織所見だけではなく,免疫染色による表現型や遺伝子などの分子病理マーカーにより特定されるため,このような現象に注意が払われません。転移先で分化程度が変わる現象の機構は解明されていないと思いますが,興味深い現象なので少し考察してみたいと思います。
上皮組織は,タイトジャンクションにより密に接した上皮細胞から成り,内腔に向かう頂側自由面と支持組織(間充織),基底膜を介して接する基底面の極性を持つ構造です。上皮性悪性腫瘍である腺癌は,この極性が消失し,制御を逸脱して過増殖,浸潤,転移します。
消化管幹細胞などの上皮性幹細胞では,その未分化性がWntシグナルにより維持されています。腺癌ではAPC遺伝子やβ-catenin遺伝子の変異がWntシグナルの恒常的活性化,亢進を引き起こすことで,上皮細胞の幹細胞性を誘導し,腫瘍化するメカニズムが考えられています。この分子機構では,むしろ転移先でも同一の分化になることが推察されますね。
消化管発生では,上皮・間充織相互作用が重要と考えられ,胃腺分化に重要な様々な上皮因子が,間充織の調節機能を介して制御され,構造分化に関与しています。間質が重要のようです。消化管間質(本来は構造分化に関与する)は,その腫瘍の未分化性の維持に関与し,リンパ節のいずれかの成分が構造分化に関与したと考えることはできると思います。
どの成分(リンパ球,マクロファージ,間質細胞など)がどのような機構で分化調節に関わるかは腫瘍の構造分化を考える上でも重要であると考えられます。
しかし,最近のWHO組織型分類では,腺癌については必ずしも分化の程度を規定しない方向にあります。高分化はより穏やかな経過を,低分化はより高い悪性度を与えますが,必ずしも予後には反映しないことなどが理由のようです。

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