【Q】
様々な健康診断・人間ドックや,がんなどの特定の疾患を対象とした検診が行われていますが,その効果,特に死亡率減少効果や,医療費削減効果は示されているのでしょうか。日本人におけるエビデンスはどの程度ありますか。また,住民基本健診に代わって特定健診が開始されましたが,その効果は今後どのように検証されていくべきでしょうか。東北大学東北メディカル・メガバンク機構・寳澤 篤先生のご解説を。
【質問】
大久保孝義:帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座 主任教授
【A】
本来,こういった住民への介入効果の検証には,無作為割り付け対照試験(randomized control trial:RCT)が必須です。そういった観点からは,わが国で行われているがん検診,特定健康診査(特定健診)について,RCTでの有効性評価は実施されていません。
しかし,がん検診については胃癌に対する胃X線検査,子宮頸癌に対する細胞診検査,乳癌に対する視触診とマンモグラフィ(乳房X線)の併用,肺癌に対する胸部X線検査と喀痰細胞診検査(喫煙者のみ)の併用,大腸癌に対する便潜血検査と大腸内視鏡検査はそれぞれ科学的根拠をもって死亡率減少効果があると報告されています。
また,特定健診に関しては,健診項目に含まれている血圧,脂質,body mass index(BMI)に基づく肥満をスクリーニングする効果についてUS Preventive Task Forceが勧告を出しています。これらの項目についてはRCTによる有効性評価とその後の介入の費用対効果を含めて評価した上で強くその実施を勧めており,血圧,脂質,BMIを含む特定健診の有用性については疑う余地はないと考えます。
問題なのは,既に走っている事業ですので,特定健診そのものの死亡率減少効果をRCTで評価することは不可能だということです。次善の策として,前向きコホート研究で健診受診者と健診非受診者の死亡率を比較することが考えられます。しかし,健診受診者と健診非受診者の間には多くの健康行動に違いがあります。おおむね健診受診者のほうが健康的な生活習慣を送っており,数多くの健康行動の中のいくつかの項目を統計学的に調整しただけでは,健診そのものの有効性について評価をすることはできません。いわゆる選択バイアスの教科書的な例として取り上げられることも多い項目です。
しかしながら,種々の生活習慣から健診を受ける確率を推定して,その確率でマッチングを行って比較を行うことにより,背景要因をほぼ完全に揃えた状態で健診受診者と健診非受診者を比較することができます〔傾向スコア(プロペンシティスコア)によるバイアス調整法〕。その結果,基本健康診査の結果ではありますが,総死亡リスクが約30%減少することがわかっています。完全ではありませんが,わが国における最善のデザインでの検討であったと考えています。
一方,医療費に関しては学会報告のみでまだ論文化はされていませんが,同様のマッチングを実施した検討で,高額医療費消費のリスクが健診受診者で低下する可能性が示されています。
また,特定健診の有用性についてはハイリスクアプローチだけでなく,ポピュレーションアプローチとしての効果の評価も必要なのではないかと思います。メタボリックシンドロームという概念の広まりは成年層だけでなく子どもたちにまで及んでいます。2008年を境にそれまで単調増加を続けていた男性の肥満者の増加割合が鈍っていることについて,直接的な評価は難しいとしても何らかの評価が必要ではないかと考えています。