【Q】
2009年に米国とメキシコで感染が確認された新型インフルエンザA(H1N1)は,またたく間に全世界に広がりパンデミックとなりました。このとき,世界的に注目されたのが体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation:ECMO)です。ECMOは通常の人工呼吸器管理では進行性に呼吸状態が悪化する最重症呼吸不全症例の救命を目的に適応され,オーストラリアや欧州を中心に良好な成績が報告されました。わが国でも同様にECMOが使用され,今後の新型インフルエンザ・パンデミックに備えて,ECMOセンターを整備する計画があると聞いています。
新型インフルエンザなどのパンデミック時には,感染症管理と同時に集団災害医療の側面を考える必要があります。H1N1インフルエンザは幸いにも弱毒性であり,最重症の呼吸不全に陥る症例が多発しなかったことから,既存のECMO数で対応が可能でした。しかし,強毒性のH5N1インフルエンザのパンデミックでは,集中治療が必要な1日当たり最大患者数は約4万人で,うちECMOを要する患者数は1200~1万2000人とされており,ECMO装置の不足は不可避となると考えられます。このような状況に対して,どのような準備が必要となるのか,日本集団災害医学会・山本保博先生のご教示をお願いします。
【質問者】
大友康裕:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野教授
【A】
H1N1インフルエンザ・パンデミック時に注目されたECMOは,呼吸状態が進行的に悪化する最重症呼吸不全症例の救命を目的として使用される治療機器です。既に欧州を中心に多数の論文が報告されており,わが国でもECMOの治療成績向上のための取り組みが進みつつあります。しかし,先に報告されたその成果は欧州に比べると乏しく,現在,多施設によるECMOプロジェクトが日本呼吸療法医学会のもとで組織化され,経験を積み重ねているところです。
わが国では成果が乏しいと報告された理由ですが,多くのECMOが救命時の循環管理に経皮的心肺補助(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)として使用され,欧州のような最重症呼吸不全症例への呼吸管理としての応用とは異なっていることによるのかもしれません。
また,問題点として,治療機器としての取り扱いに熟練が要求されることがあります。さらに国内での設置台数に1100台と限りがあります。
一方,欧州ではECMO以外にもinterventional lung assist(iLAR )membrane ventilatorが開発され,最重症呼吸不全の治療成績向上に寄与しており,H1N1インフルエンザによる重症呼吸不全に対して使用されたとの臨床報告もあります。このiLA membrane ventilatorはECMOなどとは異なり,体外循環にポンプを用いずに患者さんの動静脈圧較差で駆動する設計で,専用の機器を必要とせず,非常時の電力供給の心配もなく,何よりも取り扱いが簡便で使用しやすいという利点があり,欧州を中心に年間1400例ほどに使用されています。
日本集団災害医学会では,かねてより新型インフルエンザのパンデミック時においては,感染症管理と同時に集団災害医療の側面から医療体制を整えることが必須であると訴えてきました。ご指摘のように,2009年に流行したH1N1インフルエンザは弱毒性で,最重症の呼吸不全症例が多発せず,既存のECMO設置台数で対応可能でした。しかし,現在発生が危惧されている強毒性のH5N1インフルエンザのパンデミックにより1万人以上の呼吸不全患者が発生した場合,ECMO装置の不足は不可避です。
このようにパンデミックが発生する場合を考えると,重症呼吸不全に対応できるように人工呼吸器を準備し,最重症呼吸不全患者の呼吸管理としてのECMOやiLA membrane ventilatorを準備した重症呼吸不全センターを都道府県に最低1箇所以上つくるべきと考えています。このセンターには人工呼吸器100台,ECMOかiLA membrane ven-tilatorを20台備えることが最低限必要でしょう。