生命科学の進歩とともに,毎年多くの薬が発売され,多くの患者の予後が改善している。しかし,開発時に予測できなかった有害反応が出現したために発売が中止,あるいは使用が制限されることも少なくない。これは,実験動物を用いて得られた薬の安全性予測が必ずしもヒトに当てはまらないことによるものである。このような動物とヒトの壁を乗り越え,より安全性の高い薬を創ることを目的としてトキシコゲノミクス研究が始まった。
トキシコゲノミクスとはtoxicology(毒性学)とgenomics(ゲノム学)から作られた造語であり,ゲノミクス手法を毒性学に適用した応用研究である。2002年から厚生労働省の研究事業として開始されたトキシコゲノミクスプロジェクトでは,臨床で肝・腎障害が報告されている薬を中心に150の化合物が選択された。ついで,これらをラットに投与,あるいはラットやヒトの培養細胞に曝露させ,DNAチップを用いて肝臓,腎臓あるいは培養細胞における数万の遺伝子発現データが網羅的に収集された。得られた膨大な遺伝子発現データから毒性につながる情報を解析し,さらに,従来の手法で得られた毒性情報を統合することによって新たな安全性予測システムが作られた(文献1)。
今後は,本システムを創薬の早期段階,特に臨床試験に入る前に用いることによって被験者の安全が担保されるとともに,より安全性の高い薬が創られるものと期待される。
1) 宮城島利一:JPMA News Letter. 2007;118:8-9.