◉癌性疼痛の緩和には,早いうちから強オピオイドを積極的に使いたい。
◉初心者のうちは強オピオイド=オキシコドンとして,習熟に努めるほうがよい。
◉副作用対策のうち便秘対策を怠らない:ナルデメジンを最初から使用する。
◉神経障害性疼痛があると判断した場合の第一選択はミロガバリン。
◉上記を「基本処方」としてまずは身につけておき,それ以外の多彩な薬剤の「キャラクター」を知っていってほしい。
緩和ケアに関する研修会が普及したおかげで,20年前と比較すると日本の緩和ケアは格段に改善されていると感じることが多い。昔であれば「癌の患者は苦しんで亡くなっていくのが当たり前」とされていたのが,2013年のプラハ憲章で採択された通り,「すべての,苦痛がある患者へ緩和ケアが提供されることは基本的人権である」ことが当然である社会になってきている。それはとても喜ばしいことだ。
しかし一方で,まだまだ適切な鎮痛薬の使い方が普及しているとは言いがたい面もある。NSAIDsやトラマドールの使用を長引かせて強オピオイドの導入が遅れている事例であったり,効果に乏しい鎮痛薬を増やすだけで「眠いけれど,痛い」といった状態に患者を陥らせてしまっていたり。
そういったことが起きる背景として,「鎮痛薬がたくさんありすぎて,何をどの順番で使っていけばよいかわからない」「使ったことがない薬剤を使うことに抵抗がある」といった声が聞かれる。
本稿では,そういった「緩和ケア研修会は受けて,簡単な鎮痛薬は出せるようになったけれど,もう一歩先のことが知りたい」といったニーズに対し,どのような考え方で処方を組み立てていけばよいか,その「方程式」を,各鎮痛薬のキャラクターを解き明かしながら進めていきたい。
※本稿の内容は基本的に「癌性疼痛」を主たる対象としている。非癌の慢性疼痛についても応用できる面はあるが,そちらは保険上使用できる薬剤の種類も,その使用する順序も癌性疼痛とは異なるため,注意が必要である。
第一に,本稿では「オキシコドンを中心とした鎮痛戦略に習熟しよう」を目標としたい。
強オピオイドには,オキシコドンのほかにもモルヒネ,ヒドロモルフォン,フェンタニル,そしてメサドンがあり,それらの使い分けも学んでほしいのだが,鎮痛戦略の軸としてまずはオキシコドンを置いておくと考えやすい,ということだ(図1)。たとえば武術を学ぶとして,剣術も槍術も弓道も拳法も……と学んでいくことは可能であるし,それらをすべて極めた達人もいるだろうが,最初からすべてを万遍なく学ぶよりは,「自分はまず剣術に習熟しよう」などと決めたほうが,一意専心で学ぶことができるだろう。槍術や拳法も,武術の一環として学ぶこともあるだろうが,それはあくまでも剣術という軸があってのことだ。今回は,それをオキシコドンに置いてやってみよう,という趣旨である。
ちなみに,強オピオイドについてはそれぞれの間に鎮痛効果の大きな差はないとされている。そのため,読者の皆さんにとって使いやすいと思えるものを軸に据えてもらってもかまわない。ただ,エビデンス的には「差はない」とされているとはいえ,実際に使用してみればオピオイドそれぞれにちょっとした個性の違いがあることも事実である。それらをきちんと把握した上で,自分が第一選択にしたい武器を考えてもらったらよい。筆者はそれらを知った上で「オキシコドンを中心にすべきだ」と考えているが,その理由についてもこれからの内容で解説していこう。
オキシコドンの使い方に入る前に,総論としていくつか知っておいてもらいたいことがあるため,それらを解説していこう。
第一に,「痛みとは何か」という根本的な問いに対し,2020年に国際疼痛学会が,1979年以来41年ぶりに「痛みの定義」を変更している(図2)。
この改訂では,「疼痛に組織損傷が伴わない場合もあること」が明記され,より複雑な疼痛への対応が期待されるようになった。改訂自体は,どちらかといえば線維筋痛症といった非癌の慢性疼痛を想定してのことだとは思うが,癌性疼痛の取り扱いにおいても重要な視点である。
私たちは「痛みがある」と患者が訴えるとき,「痛みがあるなら原因があるはずだ」と考える。そして身体診察やCTなどで精査をした結果,そこに組織損傷を伴う病変を見つけた場合,「やはり癌性疼痛か」と考えるだろう。
しかし,癌の患者だからといって,必ずしもその痛みが癌そのものに伴う疼痛であるとは限らない。むしろ,CTなどで調べても病変が見つからないことは多々あり,それでも患者は痛みを訴え続ける。そんなときに「患者がウソをついている」と決めつけて鎮痛薬処方を控えることがないように,「痛みの定義」の変更は意義を持っている。まずは患者が「痛い」と訴えている以上,そこには痛みが存在すると私たち医療者側が信じるところから治療はスタートするのである。
WHOがかつて,「がん疼痛治療法の5原則」として示したものは以下の通りである。
① 経口的に(by mouth)
② 時間を決めて規則正しく(by the clock)
③ 除痛ラダーにそって効力の順に(by the ladder)
④ 患者ごとの個別的な量で(for the individual)
⑤ その上で細かい配慮を(with attention to detail)
この5つのうち,現在は「3.除痛ラダーにそって効力の順に」が削除され,4原則へ変更となっている。
① 経口的に(by mouth)
② 時間を決めて規則正しく(by the clock)
③ 患者ごとの個別的な量で(for the individual)
④ その上で細かい配慮を(with attention to detail)
従来は,こちらもWHOが提唱していた「3段階除痛ラダー」が存在し,第1段階:NSAIDsまたはアセトアミノフェン, 第2段階:弱オピオイド(コデインやトラマドールなど), 第3段階:強オピオイド(モルヒネやオキシコドンなど),の順に段階的に鎮痛薬を強くしていくべきであるとされていた。
しかし,この除痛ラダーに従っての治療が推奨されたことで,本来は強オピオイドが必要な場面であるにもかかわらず,NSAIDsやトラマドールで粘ろうとする医師が後を絶たず,結果的に患者側が苦痛に苛まれる時間が無駄に延びてしまっていた。もちろん,除痛ラダーの説明の中にも「痛みが強いときは初めから強オピオイドを使用する」といった内容は記載されていたのだが,その思惑はうまく伝わっていなかったと言えるだろう。よって,「除痛ラダーにそって」という文言は削除して,「患者ごとの個別性を重視した疼痛治療法」をより重要視する方針に,世界は変更されたのである。
つまり,癌性疼痛の治療にあたって用量限界があり使用しにくいNSAIDsやトラマドールを優先するのではなく,疼痛を適切に評価しながらなるべく早めに強オピオイドを導入することを検討していくべきである。
それではここで,オピオイド導入に関する症例を見てみよう(図3)。この患者にあなたならどういった処方を組み立てるだろうか。