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FOCUS:CKDにSGLT2阻害薬をどう使いこなすか

No.5248 (2024年11月23日発行) P.9

長澤 将 (東北大学病院腎臓・高血圧内科講師)

登録日: 2024-11-22

最終更新日: 2024-11-20

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東北大学病院腎臓・高血圧内科講師

長澤 将

2003年東北大学医学部卒業。Medical college of Wisconsin留学後,東北大学大学院修了。石巻赤十字病院を経て,2018年より東北大学,2019年より現職。

はじめに:SGLT2の発見

旧約聖書の「創世記」には,神はアダムとイブをエデンの園におき,知恵の木の実だけは食べてはいけないと命じている。ヘビにそそのかされたアダムとイブは知恵の木の実を食べてしまい,羞恥心を持つようになり,神は園から2人を追放したことになっている。なお,旧約聖書にはこの知恵の木の実がリンゴであることを明示してはいない。

知恵の木の実はリンゴか
イチジクやバナナ,オレンジなどという説がある。陰部を隠した葉はイチジクの葉と書いてあり,システィーナ礼拝堂のミケランジェロが描いた天井画にはアダムとイブはイチジクを手にしている。

リンゴの木の実はアダムとイブを神の世界から追放したが,リンゴの木の樹皮に含まれるフロリジン(phlorizin)が有効な成分として人類の寿命の延伸に一役買っている。1800年代のウェールズのことわざでもあり,1866年に出版された“Notes and Queries”には“Eat an apple on going to bed,and you'll keep the doctor from earning his bread”とある(この雑誌は南方熊楠が好んだ雑誌である)。1913年になると,“An apple a day keeps the doctor away”として知られるようになったようだ。実際にこちらの論文によると,リンゴを摂取しても,外来受診は減らないようではある1

「ガリガリ君梨」味
実はフロリジンはナシの樹皮にも含まれている。どうでもいい話だが,筆者の大好物の「ガリガリ君梨」味には,リンゴ果汁が含まれている。

さて,SGLT2(sodium glucose co-transporter 2)の有効成分のもとになるフロリジンは,1835年にリンゴの樹皮から発見されている2。さらに1886年には,尿糖を出すことが確認されている3。このように,生理学的な実験で腎臓からの糖吸収を抑えることが示されていた。ただしフロリジンは非選択性であり,腸管に多く発現するSGLT1まで抑え下痢を起こすため,投与が難しかったようである。また,腸管でβグルコシダーゼにより分解され,経口投与ができないという問題があった4

1994年に金井好克先生が,米国ハーバード大学留学中に腎SGLT2のDNAを同定5した。また,SGLT2遺伝子変異が家族性腎性糖尿に認められたことなどから6,家族性腎性糖尿は臨床的な意義が少なく,尿に糖が出ていても臨床上問題が少ないため,安全性が高いと予想され開発が進んでいった様子である。さらに糖尿病患者では,SGLT2の活性が上昇しているなどの知見が集積していた。ただし,薬剤として開発するには,下痢の副作用と経口投与が難しいなどの問題があった。しかし,田辺三菱製薬がT-1095を開発し,βグルコシダーゼへの抵抗性を生じさせ,腸管での分解を抑えつつ経口吸収が可能となった。また,プロドラッグにしたことにより腸管での糖吸収を抑制させることなく,腎臓での糖再吸収を抑制するという非常に優れたデザインとなった78。このトランスポーターがいかにうまくできているか? は金井先生の総説を読んで頂きたい9

このような優れた創薬をもとに発売されたのがカナグリフロジン(カナグル)であり,田辺三菱製薬のHPには「田辺三菱製薬が創製した世界初の経口SGLT(ナトリウム-グルコース共輸送体)阻害物質T-1095をルーツとする日本発のSGLT2阻害剤です」と記載があるが10,2024年11月時点で,売り上げはエンパグリフロジン(ジャディアンス),ダパグリフロジン(フォシーガ)に大きく水をあけられている(いいものをつくっても,その後の販売戦略がイマイチだとこのようになってしまうということである)。

❷ SGLT2阻害薬の血糖降下薬としての作用 から心疾患への展開

尿中に糖を排泄し,血糖を下げるというコンセプトから開発された血糖降下薬だが,発売当初は,2014年6月13日に日本糖尿病学会から「糖尿病治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」11などで脱水や脳梗塞,さらには急性腎障害(acute kidney injury:AKI)のリスクが強調されていた(ちなみに,このレコメンデーションは6回改訂が行われており,上記のトーンは現在はかなり抑えられている)。


学会レコメンデーションとCOI
本レコメンデーションに名前を連ねているすべての委員が,SGLT2阻害薬を発売している会社から講演料,ないしは寄付金をもらっていることは気にかける必要がある。

各社の治験時のデータは大まかに言えば,

血糖を下げる

体重を減らす

尿路感染症を増やす(特に女性)

ケトアシドーシスが多い

下肢切断などが多い可能性がある

であった。ちなみにメタ解析では尿路感染症,ケトアシドーシスは有意には増えない12とされているが,女性の性器感染症,腟カンジダ症は増える印象を持っている(ADLが悪く,オムツの女性には使いにくい印象がある)。

血糖降下薬としての様々な種類の試験が行われたが,上記の作用,副作用のほかに13内臓脂肪の減少14,動脈硬化の改善15など多面的なメリットが示唆されてきた。

SGLT2阻害薬は合計で6種類市場に出たが,それらを用いた試験では薬剤の安全性を示す目的で行われたにもかかわらず,結果として心不全死や心不全入院が減少したのである。厳密に言えば,心不全の減少が示唆されたのである(なぜ歯切れが悪いか? というと,これらはおおむね非劣性試験のデザインだからである)。ディオバン事件だけに責を負わせるつもりはないが,2010年以降は非劣性試験がメインになった。

ディオバン事件
ディオバン事件とは高血圧治療薬ディオバン(一般名バルサルタン)に関わる5つの臨床研究論文不正事件を言う。日本医事新報社からは,本事件に関する桑島巖の著書『赤い罠 ディオバン臨床研究不正事件』が刊行されている。

それまでのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)であれば優越性試験が主流であり,新規治療が標準治療(またはプラセボ)よりも治療効果が優れているかを検証するものであった。しかし,非劣性試験では新規治療が基準になる治療よりも治療効果が劣らず,副作用や利便性,コストなどを減少させるかどうかを検証するものであるため,治療効果があると言うことは難しい。たとえRCTであっても効果が劣っていないという意味が,臨床上どれだけ意義があることかはよく考えるべきである。そもそも非劣性試験が適切か? ということを考えながら見るべきである。このあたりに興味がある方は,『日本医事新報』(No.4885)「〈J-CLEAR主催座談会〉非劣性試験の問題点[J-CLEAR通信(85)]」を参照してほしい16

それはさておき,以前の慣習であれば,このようなメリットがあれば,製薬会社が「多面的なメリットがあります」と売り込みそうなものだが,ディオバン事件でこっぴどく絞られた製薬会社は,今回は慎重に事を運んだようである。

これまでの試験の問題点は,「心血管イベントを一次エンドポイントにしたものではなかった」ことである。かなり端折って解説すると,一次エンドポイント以外はオマケであり,示唆するくらいの意味になる。要は製薬会社のMRが,この時点で「SGLT2阻害薬が“心血管イベントにも良いですよ”」と言うとだめだった。科学的に担保されている必要がある上に,日本での保険の承認が通る必要がある(厳密に言えば,MRが製造承認前に宣伝することは御法度)。

そこで登場したのがEMPA–REG OUTCOME試験である17。この試験は心血管の既往がある2型糖尿病患者に対して,エンパグリフロジン投与群とプラセボ投与群で,心血管イベントの発症率を比べたものである。一次エンドポイントでエンパグリフロジン投与群は,ハザード⽐(HR)0.86 (95%CI:0.74~0.99)と有意に効果があった(ただし心筋梗塞,脳卒中では差がつかなかった)。心血管死は相対危険度(RR)で38%,心不全入院はRRで35%(これはソフトエンドポイントである),全死亡はRRで32%減少と有意な差がついた。

同様の傾向は他のSGLT2阻害薬でも観察され,CANVAS試験18,DECLAIRE-TIMI58試験19でも確認された。

これらの試験の特徴は,心不全≫心筋梗塞≫脳卒中の順でメリットが大きい(脳卒中はSGLT2阻害薬では有意に減少していない)ことである。そこで心不全にフォーカスした試験が,EMPEROR-Reduced20とDAPA-HF21である。これらの試験の大事な点は,心臓が悪い,厳密に言えば心機能が低下している(EF<40%)患者に対してのものであり,ここには非糖尿病患者も含まれていたことが重要になってくる。

結果としてEMPEROR-Reduced試験では,心不全入院をHR 0.70(95%CI:0.58~0.85)と約30%,一次エンドポイントをHR 0.75(95%CI:0.65~0.86)と約25%,心血管死をHR 0.92(95%CI:0.72~1.12)と約10%減らした。類似の試験であるDAPA-HFでも一次エンドポイントをHR 0.74(95%CI:0.65~0.85),心不全の増悪(心不全入院+臨時の外来受診)をHR 0.70(95%CI:0.59~0.83),心血管死をHR 0.82(95%CI:0.69~0.98)と減らした。

これにより心機能が低下した心不全には有効性があることは確立された。一方で,「心機能が良い心不全ではどうか?」ということから行われた試験がEMPEROR-Preserved22である。これはEF≧40%の患者に対して行われた試験であり,一次エンドポイントの心血管死または心不全入院の発現リスクをHR 0.79(95%CI:0.69~0.90)と有意に減少させた。Ankerらの論文を読むと,心不全入院では有意差があるものの,心血管死では差がなかったため,心不全抑制効果が大きいと考えられるが,そもそものイベント数がかなり少ない印象がある。この試験ではアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬あるいはアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensinⅡ receptor blocker:ARB)が80%以上,β遮断薬が85%,非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(mineralocorticoid receptor antagonist:MRA)が37%導入されており,標準治療のレベルが高いと感じている。

いつまでも,筆者が心臓の話をしても仕方がないので,本題に入ろう。これらの解析の中で腎機能が保護され,糸球体濾過量(glomerular filtration rate:GFR)が維持されること,つまりeGFR slopeの改善がみられたのである。

GFRとeGFR
GFRを正確に測るのは大変なので,臨床上は計算式からのeGFRを使用する。筋肉量などで誤差を受けるために,本来の腎機能と乖離があることはあるが,年単位の変化率を測る分には問題ない(ほかの人と比較するには適さない)。


eGFR slope
腎機能低下速度を評価するにあたり,2年間の観察期間中に測定された少なくとも8つ以上のeGFR値から線形回帰に基づいて回帰直線を作成し,その傾きから1年当たりのeGFRの変化量を算出したものをeGFR slopeと呼ぶ。

具体的には,EMPEROR-Reduced試験ではeGFR slope -0.55 vs. -2.28mL/分/1.73m2/年,P<0.001,EMPEROR-Preserved試験では-1.25 vs. -2.62mL/分/1.73m2/年,P<0.001となったものの,二次エンドポイントのためにMRたちは,大々的に宣伝ができなかったのである。ちなみにDAPA-HF試験でもinitial dip後のeGFR slopeは,ダパグリフロジン投与群で有意に小さかったとされている。initial dip≦10%の群の解析では-1.7 vs. -3.4mL/分/1.73m2/年,initial dip>10%の群では-0.7 vs. -2.3mL/分/1.73m2/年23となっている。

initial dip
SGLT2阻害薬の投与初期に10~30%程度のeGFRの低下がみられることをinitial dipと呼ぶ。
詳説は後述「 initial dipについて説明しておく」を参照のこと。

ただし,この研究はDAPA-CKD試験よりあとに出ているので,それほど注目はされていないだろう。

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