【Q】
30歳代の女性(元医療従事者)。10年前から鉄欠乏性貧血があり,原因不明で病院を転々とし,当科を紹介。赤血球数 321×104/μL,Hb 5.7g/dL,Ht 21.1%,MCV 65.7fL,MCH 17.8pg,MCHC 27.0%,血清鉄 10μg/dL,総鉄結合能(TIBC)435μg/dL,血清フェリチン 9ng/mLと,高度の鉄欠乏性貧血を認めています。
経口鉄剤に不応で元医療従事者であることから,当初はミュンヒハウゼン(Munchausen)症候群を疑い,入院で経過観察しましたが,自己瀉血は確認できませんでした。入院中1週間フェジンR120
mgを連日投与し,血清フェリチンは最高370ng/mLまで上昇しましたが,中止後25日目には21ng/mLまで低下しています。フェジンR投与による網赤血球分利は軽度でした(投与前の網赤血球の絶対数1.1×104/μL,最大値は投与後5日目で4.1×104/μL)。Hb 5.7g/dLからフェジンR 中止時には7.8g/dLまで上昇していますが,血清鉄の上昇は最高値で37μg/dLでした。消化管の精査でも異常を認めず,現在,2週間に1回の赤血球輸血(2単位)を行い,Hbは7g/dL前後,血清フェリチンは依然2~4ng/mL程度です。
主治医としては自己瀉血による貧血は否定的と考えますが,もしミュンヒハウゼン症候群でなければ,どういう病態が考えられるでしょうか。東北大学・張替秀郎先生のご教示をお願いします。
【質問者】
小松則夫:順天堂大学医学部内科学血液学講座主任教授
【A】
生体には鉄を排泄する機構は存在せず,汗や皮膚,粘膜の脱落により喪失するのみで,基本的にリサイクリングで恒常性が保たれています。したがって,鉄欠乏は,摂取不足・吸収障害によるintakeの不足,成長や妊娠などの需要の増加,出血による喪失など,何らかの理由がなければ起こりません。鉄欠乏性貧血が認められた場合,これらのいずれの原因によるものか鑑別を行うことになります。
日本鉄バイオサイエンス学会では鉄欠乏性貧血の診断基準をHb 12g/dL未満,TIBC 360μg/dL以上,血清フェリチン12ng/mL未満としておりますので,ご提示頂いた症例は,鉄欠乏性貧血と診断されます。成長や妊娠などの需要の増加は当てはまらず,静注鉄剤によっても効果が不十分であることから,摂取不足や吸収障害によるintakeの不足も否定されます。稀に,先天的な素因や鉤虫などの寄生虫による鉄欠乏性貧血が認められますが,このような素因はないものと推察します。残る原因は失血による鉄の喪失となりますが,通常月経による生理的出血は30~40mL程度ですから,本症例の鉄欠乏は生理的出血では説明がつきません。となると,病的な出血による可能性を考えざるをえません。
本症例の患者の体重を仮に50kg程度とすれば,必要投与静注鉄剤はおおよそ1500mgと計算されますが,入院時に1日当たり120mgの鉄剤を1週間投与されており,設定量の6割近い鉄剤が投与されています。投与直後の血清フェリチン値が370ng/mLと上昇していますが,鉄剤に含まれるコロイド鉄は一度マクロファージなどの網内系細胞に取り込まれるため,投与直後の血清フェリチン値は上昇するのが通常で,貯蔵鉄の評価には2週間後の血清フェリチン値が適当です。本症例ではこの値が21ng/mLと軽度な上昇にとどまっていること,Hb値の回復も7.8g/dLにとどまっていること,最近も2週間に1回の赤血球輸血を必要としていることから,相当量の鉄喪失があるものと推察します。したがって,消化管出血や婦人科的出血があるとすれば出血源を同定するのはさほど難しくないように思います。消化器内科,肛門科や婦人科での専門的検査での検索で原因不明となりますと,元医療従事者で若い女性という点から,病的自己瀉血を繰り返すミュンヒハウゼン症候群をやはり疑うところです。ただし結論づける前に,補助的な検査となりますが,複数回の便潜血反応や消化管出血シンチグラフィーなどの検査を考慮してもよいと思われます。
実際のフォローとしては,やはり鉄剤の投与になると考えます。赤血球輸血(2単位)に含まれる鉄はおおよそ200mgですので,これに相応する静注鉄剤を投与すれば赤血球輸血は避けられる可能性があると思います。