【Q】
双極性障害はうつ状態にて発症することが多く,これまでは躁・軽躁のエピソードが現れてから診断を変更し,それから気分安定薬を中心とした治療を行ってきました。うつ病と診断されても,後に2割は躁転あるいは軽躁転するというデータがあり,特に躁的成分を持った人がそうなりやすいことが知られています。ただ,躁的成分を持ったうつ病の人にどのような薬剤を投与すればよいか明らかなエビデンスがなく,臨床医として悩んでいます。この辺りについて,指針をお示し頂けませんでしょうか。東京医科大学・井上 猛先生にご回答をお願いします。
【質問者】
渡邊衡一郎:杏林大学医学部精神神経科学教授
【A】
大うつ病エピソードを満たす患者が,3つの(軽)躁症状を有する場合,(軽)躁病エピソードの診断基準(4つ以上の躁症状を有する)を満たしませんので,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th edition(DSM-5)の診断基準では混合性特徴を有する大うつ病エピソードと診断されますが,一般に混合性うつ病とも呼ばれます。
混合性うつ病は双極性障害で多いと言われていますが,大うつ病性障害(単極性うつ病)でも認められます。大うつ病エピソードと(軽)躁病エピソードの両方を同時に満たす場合は,DSM-Ⅳ-TRでは混合性エピソードと呼ばれていましたが,混合性エピソードという言葉はDSM-5では使われなくなりました。
混合性うつ病の診断時に最も重要なのは,大うつ病エピソードに合併する(軽)躁病エピソードの数を正確に数える必要があるということです。通常の診察ではそれぞれの患者の症状に当てはまる(軽)躁病エピソードの診断基準項目の数を数えないので,精神疾患簡易構造化面接法(Mini-International Neuropsychiatric Interview:M.I.N.I.)やDSM-5の診断基準を使って,数を数える必要があります。2つ以下の(軽)躁症状を有する場合には,混合性うつ病としての特異性は低くなると思います。
さて,このように正確に(軽)躁症状の数を特定して混合性うつ病と診断したとしても,これまで混合性うつ病を対象とした無作為化対照試験は行われたことがありませんので,残念ながら混合性うつ病に対する治療のエビデンスはないのが現状です。議論が拡散することを防ぐために,本稿では「混合性うつ病を示す大うつ病性障害」に限定して研究と治療の可能性を紹介したいと思います。
混合性うつ病では抗うつ薬で躁転・悪化しやすく,診断基準を満たさない3つ以上の(軽)躁症状を有する場合,長期的には約半数は双極性障害であることから,混合性うつ病では双極性うつ病・躁病に準じた治療がふさわしいと考えられます。
うつと躁の両方を治療可能なリチウム,バルプロ酸などの気分安定薬を主剤として,うつ症状の改善が十分でなければ,できるだけ躁転を起こさず大うつ病性障害のうつ病も改善しうるうつ病治療法を選択することになります。
大うつ病性障害と双極性うつ病に国内外で有効性が報告されている非定型抗精神病薬(クエチアピン)単剤,非定型抗精神病薬(オランザピン,アリピプラゾール)と選択的セロトニン再取込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)(あるいはトラゾドン)の併用,気分安定薬とSSRI(あるいはトラゾドン)の併用,気分安定薬とスルピリドの併用などが,症状を悪化させず効果が得られる可能性のある「大うつ病性障害の混合性うつ病」の治療です。
しかし,無作為化対照試験で効果・安全性が今後検証される必要があること,SSRI,トラゾドン,スルピリド,アリピプラゾール併用以外は大うつ病性障害に対して保険適用外であり,治療に際して患者への説明と同意が必要であることなどが治療上考慮されるべき点であると思います。