【Q】
ping-pong gazeとroving eye movementは同一の症候なのでしょうか,それとも別の症候なのでしょうか。別の症候であるなら何が異なるのかを教えて下さい。
可能であれば,横浜市立脳卒中・神経脊椎センター・城倉 健先生にご解説をお願い致します。
(新潟県 S)
【A】
1967年にFisher(文献1)は,昏睡患者にみられる眼球の自動運動を報告しました。眼球が勝手に動いてしまうことから,後にこうした昏睡患者の自動眼球運動は,roving eye movementと呼ばれることが多くなりました。ただし,roving eye movementという用語の定義が明確に定まっていたわけではないので,非共同性の運動や規則性のない運動も含めた様々な自動眼球運動が,roving eye movementと呼ばれていたようです。剖検所見などから,roving eye movementは両側の大脳が障害され,しかも脳幹が保たれた状態を示唆する所見と考えられていました。
一方,1976年にSenelick(文献2)は,小脳虫部出血の患者にみられた数秒周期の左右への両眼の規則的な共同運動を,ping-pong gazeとして報告しました。眼球は一側から他側に滑らかに移動し,直ちに反対側に引き返すことを周期的に繰り返すため,あたかもping-pongの試合を見ているかのような動きになります。
ところが,その後,同様の眼球運動が,両側大脳半球障害でしかも脳幹が比較的保たれた昏睡患者に出現することが相次いで報告されました。今日ではping-pong gazeは小脳障害ではなく,両側の大脳が障害され,しかも脳幹は障害を免れている場合に出現する神経症候としてとらえられています(文献3)。したがって,結局roving eye movementと同じ脳の状態を示唆する神経症候ということになります。
厳密に言うと,roving eye movementの定義があいまいなのに対し,ping-pong gazeは動きの特徴がある程度規定されている(文献3,4),という違いがありますが,本質的には同じ症候を指していると考えてよいでしょう。もちろん診断的意義も同じです。実際,roving eye movementの報告のほとんどは,両眼の左右への周期的な移動なので,ping-pong gazeと言い換えることも可能です。眼球運動の定義があいまいだからと言って,roving eye movementがping-pong gazeよりも広い範囲の眼球運動を含めた意味で用いられているわけではないのです。
日本では,roving eye movementという用語のほうが幅を利かせているようですが,歴史的には,あいまいな定義のroving eye movementという用語から,時代を経て,もう少し特徴をとらえたping-pong gazeという用語に変化してきています。したがって,日本でも今後はping-pong gazeという用語に統一したほうがよいように思います。実際,欧米の教科書では定義のあいまいなroving eye movementという用語が使われていないものも多いようです。
【文献】
1) Fisher CM:J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1967;30(5):383-92.
2) Senelick RC:Neurology. 1976;26(6 PT 1):532-5.
3) Ishikawa H, et al:Neurology. 1993;43(6):1067-70.
4) Johkura K, et al:J Neuroophthalmol. 1998;18(1):43-6.